ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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6月とそこに至る連続性

6月が始まりました。

6月のことが好きな人って、いるんですかね?あまりいない気がします。雨が多くて、湿気でジメジメしてて、蒸し暑くて、祝日が無い。うん、あまりいない気がします。

でも自分は好きですよ。そんな6月が好きですよ。

楽しい時に頑張れるのは当たり前。辛い時に頑張るのは当たり前。そうじゃなくて、なんにもない時に、一体どれだけ頑張れるのか。フラットな状態の時に、どれだけ頑張れるのか。
6月は、そんな感じがします。何かが終わって何かが始まるような、そんな新しい決心を付けるのには、もってこい。もってこいじゃないから、もってこい。



そういう訳ではないけれども、最近はたくさんたくさん本を読んでいます。勉強、研究のための学術書はもちろんのこと、小説をまたたくさん読みました。昔読んでいた小説を、たくさん読みなおしたのです。

話しが前後しますが、つい先日、卒業式の模様と、クラスの写真がスライド形式に流れる映像を収めたDVDが家に届きました。いつかの記事にも書きましたが、自分の「高校」での思い出は、本当にありません。良い思い出もなければ、悪い思い出すらないのです。あるのは、自分の中での無機質な不合理性だけ。たしかに、善くも悪くも今の自分が作られているのは、あの高校に通っていたからです。いや、今の自分を否定したら死んでしまいます。したがって、善い、と捉えるしかなく、そのため、今の自分に取って「高校」は、やはり重要なファクターなのだと思います。
しかし、それはナンバーワンではなくオンリーワンなのです。まぁ、こんなのは当たり前。人生一度きり。他と比べることなんてできないため、ナンバーワンなんて決めることはできない。だから、全てはオンリーワンです。ただ、目指すべきなのは、求めるべきなのは、ナンバーワンに近いと思えるオンリーワンなのではないでしょうか。ナンバーワンでなかったとしても、これでいいんだ、と納得できるオンリーワンなのではないでしょうか。そういう意味において、明らかにナンバーワンでは無いと分かっているオンリーワンなのです。
ただ、良い人達との出会いはちゃんとありました。それだけは、本当に良かったです。高校から出会った人の連絡先が、電話帳にちゃんと2件登録されてますよ。その内一件は先生だけど。あれだよね、うん、電話帳だけが出会いの証明じゃないよね!でも、ちゃんと出会えたのはよかったです。2件って多いと思うよ、うん。

しかし、やはり、なんというか、そこに自分の連続性は感じられないのです。

それを、改めて目の前に突きつけてきたのが、その無表情極まりないDVDなのです。先日、唐突に送りつけられてきました。好印象なんぞ何もなく、見ようなどとは思わなかったのですが、なぜだろう、DVDをセットしていたのです。たぶん、高校に何もなかったため、あえて何も気負うことなく、隣の公園で葉っぱが一枚だけ落ちた、筋肉の筋が緩和され少しだけ蠕動した、その程度の意味合いで、DVDをセットしたのだと思います。
空気のようにただそこに在るその映像、音声は、自分の後ろに茫々と広がる「無」に風を吹かせました。普段は後ろを振り返ったりなんかしません。というより、後ろに何も無い事が分かっているため、振り向く必要がないのです。見たいものなど何もない、というよりかは、何も無いから見るものが無いため振り向く必要が本当に無い、という感じです。それはすなわち、「何も無い」という現実を直視する機会も無いということです。
このDVDは、その芒洋に風を吹かせ、自分の背中を突つきました。そして、自分は思わず後ろを振り返ってしましました。
初めて直視したのです。しっかりと、確実に。もう、残酷なほど。その、本当に、本当の本当に何も無い荒野、というより、ただの芒洋。そしてそれが自分の後ろにあるという事実。何も無いとは知っていた。後ろを振り返れば中学校の卒業式が見えることは知っていた。しかし、それは知っていたと思っていただけで、何も知っていなかった。そして、それを知った。一体自分はどこから連続してきたのか。果たして、しっかりと連続しているのか。その証明たるものが、もう自分の手元に何も残っていない。土台、背骨の中間部分が無い、その現実を、しっかりと見てしまったのです。



そこで、話しは戻ります。小説を、たくさん読みました。ここ一年以上、小説はほとんど読んでいませんでした。一昨年の12月以降、バンドやら受験勉強やら忙しく、本を読むのだとしても、学術書関連のものばかりだったのです。
自分は、特に高校1、2年生の間、ずっと小説を読んでいました。家にいる時、通学途中、授業中、休み時間、ずっと小説を読んでいました。そこに明確な理由はなく、ただ、読んでいました。
そして、また今、その過去読んでいた小説を読むようになりました。

見つけたのです。自分の連続性は、そこに在りました。

実体のない自分に依拠し、そして、極限まで他人に依拠する。そうやって過ごしてきたパッチワークのような現実が、そこに在りました。
それこそ、その文字、文章、段落、一篇が、自分の原風景であるかのように、感情やにおい、味、触覚までもそこにあるかのように、はっきりと、そこに自分がいました。でも、自分の後ろに景色は生えません。そりゃ、そうですよね。
もうどうやったって無理ってことがはっきり分かりました。
はぁ、もうやんなっちゃうよって、ねぇ、6月さん、あなたものそんな感じなんでしょ?こんにちはー。切り取っていこうね。貼っていこうね。

これからは景色を生やして生きていきたいです。しっかりと頑張ります。




































おわり
by hayashihiromu | 2013-06-03 21:54 | 普通

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