ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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未完のファシズム~「持たざる国」日本の運命~ 

今まで私達は、小中高、と、歴史を教わってきたと思います。
そしてその際、必ず一回はこのような疑問が頭をよぎったことでしょう。


この歴史の登場人物(達)は、なぜ、このような行動をしたのだろうか。


例えば、なんで明智さんは織田さんに謀反を起こしたのかー、くらいなら誰でも思ったことがあるでしょうね。他にも色々あるでしょう。

ただ、その代表格というものは、「先の大戦」における日本軍の行動なのではないでしょうか。
なぜ、あの勝ち目の無い戦争へ突き進んだのか。なぜ、多くの日本兵は、「天皇陛下万歳」を叫び、敵に突撃し、玉砕していったのか。今の感覚からは想像できない。
だからこそ、日本軍の暴走?ファシズム?欲深かったから?と、しばしば感覚で、「軍」「政治」が無能であり、絶対悪であると決めつけてしまいます。そして、未だに、少なくない数の日本人は、このことにトラウマを持っています。軍を持ったら、またあのような歴史が繰り返されるのではないか、と。

このような問いに対して、今まで多くの学者の方々が研究し、一定の答えを出してきました。しかし、この『未完のファシズム』では、今までにあまりなかった、日本軍軍人の戦争哲学の観点から、上記の問いに対し、見事に答えを示したものであります。ちなみに、この本は、昨年司馬遼太郎賞を受賞しました。


〈内容説明〉
昭和の軍人たちは何を考え、1945年の滅亡へと至ったのか。
天皇陛下万歳!大正から昭和の敗戦へ。時代が下れば下るほど、近代化が進展すればするほど、日本人はなぜ神がかっていったのか。皇道派vs統制派、世界最終戦論、総力戦体制、そして一億玉砕‥‥。第一次世界大戦に衝撃を受けた軍人たちの戦争哲学を読み解き、近代日本のアイロニカルな運命を一気に描き出す。




本書のポイントは2つです。
①日本軍の精神主義の前提。顕教と密教。建前と本音。
②日本のファシズムは「未完」であった


①日本軍の精神主義の前提。顕教と密教。建前と本音。

日本軍の精神主義には、前提があったのです。
何も初めから、何の前触れも無しに精神主義を唱え始めたのではありません。しっかりとそこには論理的前提があったのです。しかし、その論理的前提は、「軍」としてふさわしいものではありませんでした。そこで、当時の軍上層部は、外に向けたもので、文章に残した顕教、建前と、自分達だけが知る密教、本音を分けました。その顕教こそが精神主義であり、密教は「避戦」であったのです。しかし、軍内部の権力争いの推移で、密教を知る人たちが、中心からはじき飛ばされました。残ったのは、文章化されてある顕教、すなわち精神主義でした。


そもそも、日本軍は、しっかりと現状を認識していました。
例えば、司馬遼太郎は、日露戦争以降の日本の軍人、政治家にはビジョンが無かったと言っています。通説でも、日本軍は、日清、日露で勝利し、調子に乗って支那事変、太平洋戦争へと進んでいった、また、日本は第一次世界大戦に本格的に参加しなかったことによって、戦争の変化、武器の発達の進化に追いつけなかったため、あのような「先の大戦」とあの戦い方が生じたのだと言われています。

しかし、これに一石を投じたのが本書です。
日本軍は、第一次世界大戦における戦争の質的な変化をいち早く理解していました。
第一次世界大戦における戦争の変化とは、総力戦に変わった、ということです。物量が多く、国力のある「持てる国」が勝ち、物量の少なく、国力の無い「持たざる国」が負ける。
日本軍は、いち早くこの「戦争」の質的な変化に気付いていました。その証拠に、ドイツ軍の青島の要塞を攻めるにあたり、実際に物量戦を展開しています。また、第一次世界大戦に関する日本軍が分析した資料(『観察』等)などにも、その変化の理解は現れています。

では、ここで日本軍は、どう考えたか。

1、「持たざる国」は、身の丈の合った戦争しかしてはいけない。(皇統派)
2、「持たざる国」を長い年月を掛けて「持てる国」にする。それまでは、大戦に参加してはいけない。(統制派)


ここで、意見の対立があったわけです。
しかし、当時の軍上層部で権力を握っていたのは皇統派でした。
しばらく、皇統派主導で「日本軍」が作られていきます。

皇統派の思考は、以下の通りです。

戦争の変化により、日本はもう米国、英国、ソ連等の「持てる国」とは戦争しても勝てない。そればかりか、戦争を強行することにより、国内が不安定化し、ロシアのように革命が起こるかもしれない。そのため、もう「持たざる国」日本は、避戦に徹するべきである。しかし、避けられない戦争もある。それは、ソ連が国境を進攻してきた時。その際には、戦わなければならない。なら、どうするか。

そこで、日本陸軍の理想とされたのが、第一次世界大戦におけるタンネンベルクでの戦いです。これは、13万のドイツ軍が、50万のロシア軍に対して、策略と包囲殲滅により勝利した戦いです。

日本陸軍は、ソ連侵攻に際して勝利するためには、状況的にも、地理的にも、タンネンベルクの再現しか方法は無いと考えました。策略、包囲殲滅、短期決戦、そして、数の少なさは精神力で底上げ。そのため、軍は徹底的にタンネンベルクを兵士に教えました。

ここで、ずれが生じていたのです。皇統派が支配していた上層部においては、そもそも戦争はソ連侵攻しか予定していなかった。そのため、戦争=ソ連侵攻=タンネンベルク戦術だったのです。しかし、対外的に、もう日本は強い国とは戦争をしない、とは言えない訳です。そのため、兵士や、軍全体に対しては、戦争=ソ連侵攻=タンネンベルク戦術だとは伝えていなかった。そのため、軍全体としては、戦争=タンネンベルク戦術になってしまっていたのです。つまり、戦争は、精神力で補い、どんなに劣勢でも、最後まで迂回し、包囲殲滅を目指すのだ、と教え込んでいたのです。

上層部にしてみれば、ソ連が進攻してきた際以外には、避戦を徹底するため、戦争=タンネンベルク戦術でいいと考えていたのです。ソ連進攻以外の戦争は予定していない。そして、精神主義的な「統帥網領」と「戦闘網要」を書き記しました。


しかし、2.26事件で皇統派は失脚します。結果、建前、顕教である「統帥網領」と「戦闘網要」、そしてそこに書かれてある精神論だけが軍に残り、本音、密教である避戦が、軍の中から消えてしまったのです。そして、次に統制派が権力を握ったのです。



では、統制派は、何を考えていたのか。

日本が「持たざる国」であるという認識は、皇統派と一緒です。
違うのは、後々、日本は列強と大きな戦争をする、という予測です。
後々、米国や英国とも戦争をしなくてはいけない時がくる。それまでに、長い年月をかけて国力を増強するべきだ、というものです。
石原莞爾なんかがそうですね。このような思想の下引き起こされたのが、満州事変です。



そして、もう1つ重要になってくるのが、中柴末純と、彼が製作に関わった、戦陣訓です。
彼は、確かに「持たざる国」は戦争しても勝てない、と考えていました。しかし、戦争というものは自分達から始めるものだけではなく、他国から攻められる場合もある。その時に、「持たざる国」が「持てる国」に対してどう戦うか、ということを、最重要課題として考えていたのです。そして、実際に満州事変から始まり、太平洋戦争へと繋がっていったわけですよね。絶対に避けたかった、「持てる国」との戦いが始まってしまいました。

そこで、玉砕の思想が出て来るわけです。

つまり、戦力的には勝つことができない。ならば、日本兵が自ら死ににいくような戦いをすることで、敵に「畏怖」を与えようというものです。戦争は、戦意が無くなれば継続できません。そこを狙うしか、日本はもう無理だ、となったわけです。

実際に、アッツ島玉砕の際に、米軍は衝撃を受けました。米軍の従軍記者が、こんなやつらと本当に戦えるのか?という記事も書きました。それが拍車をかけ、後の戦場でも玉砕が起き、特攻隊が生まれたのです。


悲劇です。軍は、決して無能ではなかった。分析はしていた。理解もしていた。しかし、日本は「持たざる国」。当時の国際情勢の中、どうすることもできなかった。そこで軍内部でも意見が割れた。

結果としては、日本が生き残るために、「持たざる国」を「持てる国」にしようとしたものの、間に合わず、そして、かなしいかな、それが契機となり、太平洋戦争の滅亡へと突入していきました。


日本は、どこで間違えたのでしょうか。いや、果たして、本当に間違えていたのでしょうか。当時の国際情勢の中、そして「持たざる国」日本の、限られた選択。必然だったのかもしれません。明治維新以降、背伸びして背伸びして生き残ってはきたものの、限界は訪れたわけです。



ここに書いたのはほんの一部です。もっと詳しく、色々なエピソードを交えて書かれているのでね、とても面白いので、はい。



と、ここまで書いて②日本のファシズムは未完であった、というのを忘れていました。

簡単に説明すると、東条英機は独裁者だ、ファシストだ、軍が政治を握っていた、という通説、一般認識があります。しかし、実際は、東条英機にそのような権力はなかった、というものです。

そもそも、当時の明治憲法下では、天皇陛下以外に「独裁」ができるようなシステムではありませんでした。というのも、天皇陛下に対して下克上が行われない様に、明治憲法により、徹底的に権力を分散したのです。権力者が生まれない様に、あらゆる権限を分けていました。バラバラだったんですよね。

しかし、戦争などの総力戦において、国は一体にならなければなりません。それをなんとかしようと思い、一元的なシステムを作ろうと腐心したのが東条英機でありました。しかし、実際にはそれでも権限はあまりなかった。そもそもあったとしたら、あのような戦争には突き進まなかったはずです。

そのため、結果として、日本のファシズムは「未完」であった、というのが本書によるものです。


ざっと軽く稚拙な概要を書きましたが、本当におもしろかったのでね、興味を持って頂ければ幸いです。









おわり
by hayashihiromu | 2013-07-31 12:41 | 普通

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