ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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再帰性


人生とは、選択の連続であります。いつだって選択であります。
しかし、今、この社会において、どれだけの人間が自らの意思で何かを選択しているのでしょうか。

近代社会とは、誠に困ったものであります。自由であるが故に、常に自分の頭で考えなければならない。誰も自分の人生を規定してくれない。自分の進む道を規定してくれない。だから、自らで将来の自分を選択するしかない。そしてその責任は、全て自らに帰属する。自分の選択が自分の行く末を規定する。何とも当たり前のことですが、これを一旦、心の底から、真摯に向き合ってみると、そこに待っているものとは、恐怖であります。

人間は選択することが怖くなります。自分の選択が、自分を不幸にしたらどうしよう。自分が不幸であることを誰かのせいにしても、自分が不幸なことには変わりがない。全てが自分に伸し掛って来る恐怖。すると、選択する事自体が怖くなり、選択することを迷う。自分の選択の根拠の妥当性を探し、さらにまたその妥当性を探し、そしてまたその妥当性を探し続ける。自分を探し続ける。これが、再帰性です。

やがて、人は何も出来なくなる。恐怖に溺れる。その恐怖に打ち勝つことが出来ずに、あわよくばその選択の強制自体が幻想であり、自分とは関係の無いものであり、もしかしたら、目の前をただ通り過ぎて行ってくれるかもしれない、などと長年思い続けると、いつしかその恐怖は体の内側にべったりと張り付き、自らの肉と同化してしまう。恐怖を失った人間とは、最早ただの下等動物であります。目の前に危険が迫っているのにも関わらず、それに恐怖を感じないため、ただただその危険の餌食になるしかない。

選択することを放棄し、今の生活、時間に安寧し、考えることを止め、恐怖と同化した肉体の上に言い訳に塗れた服を纏い、笑い、泣き、愛し、楽しみ、喜び、ただただ、そこにあるもの、今目の前にあるものを謳歌する。今まではそれでもよかった。幸か不幸か、日本は豊かであった。そういう人間を受け入れる余裕があった。自分のやりたいこと、というものが無くても、適当な職に付けば、多くの人が健康で文化的な生活を送ることができた。

しかし、もうそのような時代ではないということは、明々白々である。日本にはもうお金が無い。本当に無い。稼げる力もどんどん無くなっていく。企業に余裕も無くなっている。世界はフラット化した。最早、先進国が独占していた富が世界に分散していくのは分かり切ったことではないか。自由が拡がるのは明らかではないか。競争が激化するのは、明らかではないか。

これほどまでにも分かりやすく、明確に、世界の変異、社会の変異が提示されていながら、なぜ、それに対応できるようにしないのか。なぜ、努力しないのか。なぜ、向き合わないのか。選択の恐怖に怯えている間の、何も考えていない、意味の無い時間のせいで、これから先の人生、永遠苦労することが分かり切っているのに、なぜ今しか見ないで、楽な方、楽な方へと進んでしまうのか。そのしっぺ返しが、人生を破滅させるほどのものである可能性を、なぜ見ないのか。分からない。分からない。ただただ流されて、決断もせず、リスクを負わず、努力をしない人が、決断をして、リスクを負って、努力をしている人よりも良い人生が送れる訳が無いじゃないか。毎年、毎月、毎日、毎時間、毎分、毎秒、自分自身との闘いに勝っている人間が、自分自身に甘んじている人間よりも、色々な側面から見ても、豊かな人生が送れるということは、明白ではないか。どうか、分かってほしい。ただ、自らの納得する人生を歩んでほしい。それだけだ。

それを理解した上で、楽な道へと足を進めるのなら、何も言わない。そもそも、そのような人間でこの社会は構成されているのだから、その一員になればいいだけだ。ただし、これからの時代、そのような枠組みに入るということは、精神的に困窮することに繋がる。経済的に困窮することにも繋がる。その心構えだけはしてほしい。

例えば、「自分のやりたいこと」という、最も難しいものを勝ち取り、さらにその道へ邁進していける程の精神力があるのなら、それは本当に素晴らしくて、掛け替えの無いことであり、その道に、社会の状況に捉われずに生きてほしい。しかし、そのような人間は、本当に一握りだ。象徴的去勢を経て、社会に埋没し、社会に生かされてきた全ての人にとって、それは本当に難しいことである。これからの時代の人間の生き方とは、そのような、ハイデガーの云う本来的な人間を目指すことにこそあると思うけれども、それができるのならば、苦労はない。

一般的に、兄よりも弟の方が優秀であると言われている。自分も、それを期待している。
努力は難しい。選択は難しい。だからこそ、価値がある。そしてだからこそ、社会に格差がある。これは紛れもない事実。社会に捉われて生きずに、自分の実存と向き合い生きるのならば、それらは関係無い。しかし、社会に捉われて生きるのならば、その格差の中で生きるということである。そして。これからの時代は、さらにその格差は拡がる。しっかり、このことを理解してほしい。

どうか、自分の納得できる人生を送れますように。幸せだと思える人生を送れますように。























by hayashihiromu | 2014-07-02 23:56 | 普通

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