ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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或るファミレスへの鎮魂歌

より善く生きる、とは、なぜこれほどまでに難しいのでしょうか。

いや、それ以前に、当たり前の話しですが、そもそも何を持って「善い」とするのか、それを定義する事自体が不可能ですよね。

特に現代社会において、大澤真幸氏風に言い換えると「第三者の審級」が完全に撤退した社会において、それがより顕著になってきていると思います。習俗的なものだけでなく、社会的な規範さえも朧げなものとなってしまったが故に、再帰性との戦いで心身を磨り減らすだけとなっている「毎日」が街の至る所に落ちています。

何が「善い」のか分からない。だけれども、自分の中でそれを見いださなければ生きられない。しかし、規範が無いから、正解が分からない。自己自身を認識できない。実存をつかみ取れない。

ようやく何か分かりかけたと思い込んだ時に齟齬が生じると、人は絶望の淵に立たされてしまいます。若かろうが、年を取っていようが、その計り知れない苦しみは、時に自らをてるてる坊主になぞらえ、時に線路の上で花を咲かし、時に鳥に憧れて、時に魚に憧れます。

このような精神状態に陥った時、一体何が、そこから人を引きずり上げてくれるのでしょうか。

ここに万能薬はありません。だからこそ、私も今、苦しんでいるのです。




あれは数日前の夜のことでした。外出中にお腹が空いてしまったため、1人でファミレスに入店しました。

明るくはきはきとした店員さんに席に案内され、元気もりもりな店員さんにスパゲティを注文したところ、10分も経たない内に料理が登場。

えらく速いな、と思い、ここで初めて店内を見渡してみると、お客さんがあまりいないことに気付きました。結果的に、この人の少なさが、若干ではありますが、私を救ったのです。

黙々とスパゲティを食べた後、少し本を読んでいたところ、急にお腹に違和感が訪れてしまいました。

元々自分はお腹が丈夫ではないため、外出中でも腹痛に見舞われることがしばしばあります。つまり、腹痛においてはある種ベテラン勢な訳ですね。ベテランにはあらゆる事態にも対応できる長年の実践経験とそこから生じる絶対的な勘が、得てして備わっているものです。そのため、あらゆる事態を想定しながら、慌てることなくトイレに歩いていきました。

10分ほどの時間が経ったころには、トイレで完璧に事を遂げた自分がいました。あとはズボンを穿いてトイレを流せば良い、という段階に達している自分がいました。

ここまできたら、もうどんな素人でも大丈夫ですよね。さらに自分はベテランですから。ベテラン勢ですから。歴戦の勇士勢ですから。もうすんなりとパンツを穿いて、ズボンを穿いて、トイレを流すレバーを操作しました。


ジャーーー!!!



そうです。いつもなら、普段なら、このような豪快な男らしい水の流れる音が聞こえて来るはずでした。

しかし、なんと、ここで自分を待ち受けていた音は、



しゃ~~‥しゃんっ‥





私は固まりました。この音はおかしい。絶対におかしい。だって全然流れている音がしてないもん。これは何か不測の事態が起こっている。しかし、一体何が起こっているのか。分からない。でもこれはやばい。これはやばすぎる。

なぜ、ベテランである自分がここまで焦ったのか。それは、心に刻み付けられた1つのトラウマが理由です。ベテラン勢には、得てしてトラウマが幾つかあるものです。



あれは高校一年生だったと思います。則ち、まだまだルーキーだった時のことです。

急にお腹が痛くなったため、コンビニのトイレを貸してもらいました。そこでしっかりと用を足し、水を流すと、しゃ~~‥しゃんっ‥という、なんとも弱い音が聞こえてきました。恐る恐るトイレの蓋を開けて確認すると、そこには圧倒的な存在感。

自分はパニックになってしまって、もう一度水を流しました。しかし、圧倒的な存在感は変わらない。また水を流しました。だけれども圧倒的な存在感は変わらない。それどころか、だんだんとその存在感が増しているような、そんな錯覚に陥ってしまっていました。

いや、それは錯覚ではなかったのです。トイレが詰まってしまった、ということは、水が上手く流れていかない、ということであり、つまり、水が便器の中に溜まっていく、ということなのです。当時の自分は、ルーキーでした。そこに気がついていませんでした。何回も、何回も水を流しました。どんどん水が溜まっていました。そして、あの惨劇が訪れたのです。皆まで言わずとも分かって下さい。

自分は、怖くなって、逃げてしまいました。全力で走って、逃げてしまいました。泣きながら、逃げてしまいました。

泣きたいのは店員さんですよね。自分なら絶対に嫌ですもん。というか、できないです。自分がコンビにの店員さんで、そのような凄惨たるトイレを掃除しろ、と言われたら、もう辞めます。無理です。だからこそ、辛かったのです。申し訳無さ過ぎて、辛かったのです。

家に帰ってからも、もしかしたら自分は付けられていて、あの店員さんに家がバレてしまっているのではないだろうか、仕返しにくるのではないだろうか、と、一週間程震えて過ごしました。あの時のコンビニの店員さん、本当にごめんなさい。



私には、このようなトラウマがあったのです。だからこそ、またもや「しゃ~~‥しゃんっ‥」という音を聞いた時、あの時のトラウマがフラッシュバックしてきたのです。だけれども、今の自分はもうルーキーではありません。ベテランです。ベテラン勢です。

まずは、事態の把握が優先です。恐る恐る便器の蓋を開けてみると、やはりそこには圧倒的な存在感。

あの時のトラウマが蘇り、泣き出しそうになりながら、もう一度水を流してみることにしました。すると、やはり流れない。

ここでまた沢山水を流すと、あの時の惨劇の繰り返しとなってしまいます。そのため、周りにスッポン的なものが無いか探したのですが、全く見当たらない。


終わりです。詰みです。成す術がありません。


そして、結論から言えば、自分は、またもや逃げ出してしまいました。

より善く生きる、とは、なぜこれほどまでに難しいのでしょうか。



自分は、どうすればよかったのでしょうか。店員さんに報告するべきだったのでしょうか。でも、そんなことできますか?あの、すみません、うんこ詰まっちゃったんですけど、って言えますか?もし言ったとすると、多分現場検証が始まりますよね。自分の目の前で、他人に自分の圧倒的な存在感を見られることを容認できますか?自分は、どうすればよかったのでしょうか。


トイレから脱出する時、もしも人が並んでいたら、もうそこでアウトでした。即バレていた訳ですからね。しかし、この時、店内の人は少なかったのです。だからこそ、人が並んでいないことに賭けて、脱出し、直ぐさま料金を払い、店を後にしました。


しかし、救われたのは自分だけであります。いや、自分も救われていません。罪悪感が半端ではないのです。本当に辛いのです。まさに、絶望であります。もう嫌です。辛いです。ごめんなさい‥。


より善く生きる、とは、なぜこれほどまでに難しいのでしょうか。

たしかに、「善い」の定義はありません。しかしながら、「善い」の中に入らないものを見つけることはできます。

より善く生きる、とは、なぜこれほどまでに難しいのでしょうか。



本当にごめんなさい‥。ごめんなさい‥。ごめんなさい‥。












おわり



by hayashihiromu | 2014-10-05 02:06 | 普通

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ダウンタウンさん、高須光聖さん、板尾創路さんを心から尊敬しております。

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