ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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6月という月


一年の半分。何も無い月。じめじめした月。
6月という月を、いかに頑張れるか。こういう月を、いかに頑張れるか。

ダメでした。自分は頑張れませんでした。
最後に、実際に形として負けました。

わからない。どうしたらいいんだろう。
ごめんなさい。

お尻が痛い。なんか腫れてきた。最近ずっと座ってたからかな。

夜でも、草木ってはっきり見えるんですね。一枚一枚見えるんですね。
コンタクト付けて、昨晩は駐車場でぼーっとしていたので、ああ、草木って、夜でもはっきり見えるんだなぁ、って思いました。


お尻が痛い。


電車に乗ってる人の顔は、案外はっきり見えるんですね。
コンタクト付けて、昨晩は駐車場でぼーっとしていたので、ああ、色んな人がいるんだなぁ、お疲れ様です、頑張りましょうね、自分もがんばりたいです、って思いました。


夢を見ました。目の前で、他大学の男の先輩が、知らない女の人を何回も力強く蹴っていました。自分は、怖くなって逃げました。

夢はみたくないです。辛いです。最近いつも夢を見ます。辛いです。
どうしたら夢を見なくなるのだろう。どうしたら‥。
上記のような夢ならまだいい。自分の弱さが浮き彫りになるのは、まだしょうがない。
でも、、、。

来月は頑張り時だ。頑張る時に頑張るのは普通。普通は、できて当たり前。

お尻が痛い。





おわり
by hayashihiromu | 2013-06-30 23:08 | 普通

「善蔵を思う」から考える 

昔のパソコンの中のデータを整理していたら、高校の授業で書いていた文章が色々出て来て、懐かしいと同時に、稚拙ながらも一生懸命色々考えて書いている当時の自分を想像すると、なんだか微笑ましく思ってしまった。
これは、高校二年生時取っていた、日本文学研究という授業の課題。太宰の「善蔵を思う」を読んでの感想文らしい。途中、「何言ってんだこいつ?」って思う所もあるし、文章が粗いけれども、ああ、こんなこと考えていたなぁ、となかなか懐かしいし、おもしろいことを書いていると思う。裏付けが全く無いただの妄想だけれど、それはアホな高二ということで、お見逃しを。でも、真剣に日本の芸術と憐れの系譜を研究してみようかな。まぁ、修正せずに載っけてみようと思います。


以下。





「善蔵を思う」の善蔵とは、太宰治と同郷の、津軽出身である葛西善蔵という私小説家だそうだ。僕は葛西善蔵の小説を読んだことも無ければ、人物像を知っているわけでもない。だが、同郷人であり、私小説家だ、ということが分かれば、「善蔵を思う」の概要はなんとなくつかめる。しかし、今、それをここに書いてもなんだかつまらない。ただの感想も気が引ける。したがって、小林秀雄の考えるヒントのように、思いのまま、少し、文字を綴っていきたいと思う。
 「善蔵を思う」の感想を一言で言ってしまえば、「憐れ」である。主要な登場人物、皆、憐れみが滲み出ている。僕の思う太宰治の小説の特徴と魅力の中の一つは、自分の憐れみを完全に客観的に見られる、ということだ。「憐れ」という感情は怒りや喜びなどと違って、自分のそれを正確に認識しようとすると、苦悩というものと混雑してしまい、とても分かりにくくなるものである。それを分かりやすく提供してくれるのが太宰文学だ。破滅的ながら、普遍的なものがしっかりと芯にあるので、良いのだ。そこから一次元高次のものとして、斜陽などでは、憐れみの極地に存在する強烈な美が書かれている。三島由紀夫との軋轢の原因の断片は、案外ここにもあるのかもしれない。
 「憐れ」はおもしろい。僕は、草枕を読んでからというもの、「憐れ」に対して、一人勝手に色々と考えを巡らしたりしているのだが、いやはや、この言葉はとても恐ろしいものである。なぜなら、粗方の芸術的作品をこの一言で表すことができるからだ。いや、別の視点から見ると、日本人は芸術的作品に触れたときに、「憐れ」という感情を高頻度で見いだす、とも言える。これは日本人特有の感情の発達である。その証拠に、日本語の「憐れ」「哀しさ」に関する言葉はたくさんあるのだ。言葉と文化、風俗は密接に関係していることは言語論の常識である。その観点から見ると、日本人は「憐れ」を異様に感じてしまうため、その感情を細分化する必要があったということになる。例えば、「憐れ」の漢字違いだけで、憫れ、哀れ、と二つある。さらに、憐憫、愍然、憐情、憫笑、同情、哀憐、愛憐、などなど、まだまだたくさん挙げることができる。
 その他、日本のお笑いに於いてでも、憐れみや哀しさはとても重要なものとなっている。例えば伝統的な日本のお笑いの落語。さらに、ダウンタウンさん以降のコントや、所謂、すべらない話と呼ばれるものにも、哀しさや憐れみが多分に含まれていることは無意識にでも感じられる。
 この日本人と憐れの繋がりは、例えば「おいもさん」という言葉を用いる感情や、神道的な道徳に見いだすことが可能であると思う。
 長々と「憐れ」に関することを綴ってみたが、まぁ、まだ綴り足りない嫌いもあるが、「善蔵を思う」に話しを戻すと、この小説は様々な「憐れ」の存在が最初からずっと、薔薇が良いものであったと分かった時でさえも、一貫しているせいで、最後の清らかな情緒が、際立つ。まさに牢屋の窓から見た青空。
 この小説はもちろんのこと、至る所にただ存在しているものでさえも、それぞれの憐れみを感じられることができる。これぞ、現代で意図的に廃絶されしもののような気がしてならない。日本に於けるコミュニティーとアソシエーションの違いとはこういったことなのではないか。鍵を握るのは憐れみである。その種類を手に入れるために、またこの小説を読み返すのもいいかもしれない。
 






以上。







おわり
by hayashihiromu | 2013-06-24 23:07 | 普通

スポーツジムに於いて

最近、またジムへ行き始めました。


というのも、大学に入学してから頻繁にジムに通っていたのですが、五月以降色々忙しくなってしまったため、全然行けていなかった、という現状があったのです。
大学の健康診断で、自分の体重がエラい事になっていることが判明したため、これはダメだぞ、もっと頑張らなければ、と思い、通い始めたのです。
そもそも、自分は自分の体型にそこそこなコンプレックスを抱いておりまして、夏場はどんなに暑くても、基本的には長袖長ズボンでガリガリ具合を隠して生活しています。また、自分は本当に体力が無く、今までのライブでも、5回に3回は足を攣っていたり、体力温存のためのペース配分も考えながらやっていました。それじゃあ、本当、ダメですよね。
なので、これを機に改善しようと、思い立った訳です。

初めにジムへ行くと、なんか色々計測してくれるんですよね。そこで、なんと自分の足腰の筋肉量はアスリートレベル、体幹は標準以上、腕が標準レベルだという結果が出ました。なんだ、自分はムキムキだったんじゃないか、筋肉の塊だったんじゃないか、筋肉=自分だったんじゃないか、と思い、若干どや顔を決め込んだわけなのですが、自分に付いてくれた明治大学法学部の爽やかイケメンインストラクターに、「単純に脂肪が無さ過ぎるだけですよ!」と爽やかに言われてしまってすみません生きててすみません調子乗りましたうへへへとなってしまいました。
あ、スポーツジムの採用判断って、容姿とかも関係あるんですかね?自分の行っている所は、インストラクターはみんな爽やか系で、なんだかこんな貧相な自分が生きててすみません‥、って感じになってしまいます。

そこから、その明治大学法学部当時絶賛就活中の爽やか体育会系イケメンインストラクターに、自分の目指せ体重60kgメニューを組んでもらい、頑張っていました。

色々なマシーンを使って、筋肉を付けようと頑張っていたわけです。でも、最初の方は、本当に筋肉がないため、一番軽い重りを使っていてもぷるぷる震えながら頑張っていたわけです。特に胸筋を鍛える系のマシーンの時は、そのぷるぷる度合いが凄まじく、もう本当に全身ぷるぷるして、しかもほっそい腕がよいしょよいしょと上下に動く訳で、そうしてたら、少し離れた所から爽やか系男女のインストラクターがこっち見ながら心配そうにこそこそ喋っているのが見えているわけです。恥ずかしいとか思う前に、こっちは必死ですから。ぷるぷるに必死ですから。大変でした。

さらに、完全に文化系人間である自分にとって、体育会系が犇めき合うジム、という新しい空間は、新鮮でなかなか面白いものでした。

マシーンスペースと、ムキムキさん御用達スペースがあるんです。重りのたくさん付いたウェイトリフティング?っていうんですか?ボディービルダーがやりそうなすごい重そうなやつ。あれがたくさん設置してある所が、ムキムキさん御用達スペースなわけです。そのスペースの隣にストレッチスペースがあるため、自分はストレッチしながらよくムキムキさん達のトレーニング具合を見ているのですが、なんだかすごいですよね。
「ああああああ」
「うあん、ああ、ぐぅ、あああああ」
「はっ、はっ、ぐう、う、あ、う」
「ふっ、ふっ、あう、ああ、うあ、ふっ、ふっ」
「oh、oh、ohooooooooooooooo!!!」
「よし、よし、ふっ、あ、あ、あ、ぐう、うああ」
なんだかすごいですね。
外国人の方々もかなり来ていましたからね。新鮮でした。
すごい辛そうに持ち上げてるので、根性すごいなーと思っていつもストレッチしながら見ているのですが、ずーっと見てると、あれ、なんかあの人たち、かなり身体接触が多いな、やっぱりムキムキさん達は他人の筋肉にも興味があって触りたいんだな、あれ、でもかなり接触が多いな、あれ?みたいな、不思議な気分にもなります。


まあ、そんなこんなで4月中はかなりの頻度で通っていたため、人生初の力こぶができたり、腹筋が仮面ライダーに出て来る敵のお腹みたいになったり、そして体重も順調に増えていった訳です。自分も意外と根性はある方だと思うのでね。筋肉が無かったその分、根性で埋め合わせて今まで生きて来たわけですから。

しかし、五月になって以降、色々忙しくなったため、全く行けない日々が続いていました。そうすると、みるみる内に逆リバウンドしていき、もう、えらいことに、50kgという最終防衛ラインを突破されそうな勢いで侵攻してきました。そこは頑張って、必死で、自らの最後の精鋭と義勇軍が食い止めて未だ突破はされていないのですが、こりゃ、まずい。本当に、そろそろまずい、と思い、最近また行き始めました。

そして、この前久しぶりにジムへ行ったのですが、気合いを入れてランニングマシーンで走り過ぎたため、足の右人差し指の爪が死にました。

なんか痛いな、と思っていたのですが、いやいや、勘違いだ、痛みに負けるようではだめだだめだだめだ、と全力でずーっと走り、見事30分間時速12kmで走り続けることができました。しかし、どうにも痛いため、家に帰ってその痛みの部分を見てみたらもうバキっとなってて変色‥。
やっちゃったね!

まあ、でも運動はいいですよね。家に引きこもって、脳だけ動かしていても、ダメです。やはり心身共に鍛え上げねば意味が無いわけであります。強靭な心は強靭な肉体からです。

とりあえずは、半袖半ズボンで外を歩いてみたいなー、と思っている今日この頃です。














おわり
by hayashihiromu | 2013-06-24 12:10 | 普通

「やる気に関する驚きの科学」ダニエル・ピンク

家で少し時間が空いた時など、よくTEDのプレゼンなんか流して時間を潰しているんですけれど、やっぱり外国人ってプレゼン上手いですよねー。聞いていて楽しいというか。ははは、うん、へー、うん、なんだなんだ、‥‥、ほお、はー、ははは、おおお、ぱちぱちぱち〜。って感じです。上手いですよね〜。
論理を組み立ててる時にも、ちょっと笑わせる時にも、「客観性」を強調して、それをぶれないようにしている所ですよね、ポイントは。外国の人は、日本の人よりそれが上手いですよね。なぜでしょうかね〜。
でも、TEDの出演者は水を持って舞台に上がるべきです。
あの、くちゃって感じの音、どうにかならないですかね。聞いていていいいいいってなります。口を潤しながら喋って下さい。



最近見た中で、面白かったプレゼンを一つ。
ダニエル・ピンクさんという方の、「やる気」に関するプレゼンです。
この「やる気」は、ビジネスにおける従業員の「やる気」です。彼は、雇い主がどのようにしたら、従業員に「やる気」を喚起させ、作業能力を高められるか、生産性を向上させるか、ということを、科学的実証に基づいて話しています。
一度、ぶわーっと全体の感じを書いてたんですけれど、なんか長くなったので結論から。結論から言うと、分かりやすいけれども、あんまり面白くないんですよね。まあいいか。


人の「やる気」や生産性は、インセンティブでは向上しないどころか、害になる。そのため、報酬よりも、「自主性、成長、目的」を与えることこそが、ビジネスにおいて重要である。


という感じです。ダニエル・ピンクさんは米国の作家です。政府の中枢にいたこともあるほどの識者で、また、ローヤーの資格を持つ法律家でもあります。
米国の経済観は、まさに「新自由主義」です。競争こそが全てであり、経済的合理性で人は動く。インセンティブこそが、やる気を高める、ということを頑に信じています。
そんな、「米国」の識者が、このような主張をするなんて、おもしろいですよね。
まあでも、そういう実験があるんですって。


少し前提条件が必要なので、軽く説明しておくと、たしかに、多くの報酬が作業効率を高める場合はあります。それは、単純作業です。単純作業は、報酬が高いほどやる気を高めて効率を上げることができるのです。バイトとかを考えてみれば分かりますよね。店員さんとか、工場とか、肉体労働とか。答えがある作業です。やればやるほど結果が出る、それも必ず結果がでる作業は、報酬が高いほどやる気を促し、効率を高めることができます。

それに対し、クリエイティブな作業の場合は、「そうではない」というのです。そんな報酬ではなく、「自主性、成長、目的」こそが重要だと。
実際に、Googleなんかでは、「20パーセントの時間」っていうのを行っているらしいです。
エンジニアは、仕事時間の20パーセントを何でも好きなことに使うことができます。時間、タスク、チーム、使う技術、すべてに自主性が認められます。すごく大きな裁量です。そしてGoogleでは、よく知られている通り、新製品の半分近くがこの20パーセントの時間から生まれています。Gmail、Orkut、Google Newsなどがそうです。
だそうです。
すごいですよね〜。


日本を含めた先進国は、これからどんどんとクリエイティブな仕事に転換していかなければなりません。グローバル化が進展し、「底辺への競争」が激化する今、各国の産業の空洞化は最早必然です。さらに、世界の潮流、そして現在の日本のトップにいる人たちの潮流は、グローバル化の加速です。サブプライム問題、リーマンショック、EUの失敗をどのように見ているのでしょうかね。そうなってくると、日本国内の単純作業も、外国の人に取って代わられる可能性があります。というか、取って代わられています。インターネットってすごいね。
そうなってくると、こういう実証的な考えをいち早く導入していく企業の必要性が増してきます。
我々若者は、流されるだけなのでしょうか。今のままだとそうですよね。それに甘んじているのも、また、若者です。じゃあ、せめて、期待すればいいんじゃないでしょうか。日本の企業、がんばれーって。嫌な人は、自分で作っていきましょう。



これは最近見た中で面白かったものです。まだまだたくさん面白いプレゼンはあるので、自分の備忘録的なののためにも時たま貼っていこう。



でーーーん!











ちょっと自分のブログがスマートすぎて動画が変な感じに。これ正常になるの?やり方わかんな〜い!あしからず〜。


追記

iPadから見たら、ちゃんと表示されてましたね。ただ、字幕が消えてましたー。すみません。なんかすごい嫌みな奴みたいですよね。自分も字幕なきゃしっかり理解できないので、こんなん載っけられてもこまりますよ。でもどうやればいいのかわっかんなーい。













おわり
by hayashihiromu | 2013-06-18 17:29 | 普通

斜陽から

『他の生き物には絶対に無くて、人間だけにあるもの。それはね、ひめごと、というものよ。いかが?』




『僕が早熱を装ってみせたら、人々は僕を、早熱だと噂した。僕が、なまけものの振りをして見せたら、人々は僕を、なまけものだと噂した。〜中略〜けれども、僕が本当に苦しくて、思わず呻いた時、人々は僕を、苦しい振りを装っていると噂した』



『結局、自殺するよりほか仕様がないのじゃないか。
 このように苦しんでも、ただ、自殺で終るだけなのだ、と思ったら、声を放って泣いてしまった』



『待つ。ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞こえるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ、生まれて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生まれて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。』





『破壊思想。破壊は、哀れで悲しくて、そうして美しいものだ。破壊して、建て直して、完成しようという夢。そうして、いったん破壊すれば、永遠に完成の日が来ないかもしれぬのに、それでも、したう恋ゆえに、破壊しなければならぬのだ。革命を起こさなければならぬのだ。』



『革命を、あこがれた事も無かったし、恋さえ、知らなかった。いままで世間のおとなたちは、この革命と恋の二つを、最も愚かしく、いまわしいものとして私たちに教え、戦争の前も、戦争中も、私たちはそのとおりに思い込んでいたのだが、敗戦後、私たちは世間のおとなを信頼しなくなって、何でもあのひとたちの言う事の反対のほうに本当の生きる道があるような気がして来て、革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄ぶどうだと嘘うそついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ。』



『私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ。』








『幸福感というものは、悲哀の河野底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか。悲しみの限りを通り過ぎて、不思議な薄明かりの気持ち、あれが幸福感というものならば、陛下も、お母様も、それから私も、たしかにいま、幸福なのである。』



『ああ、何かこの人達は、間違っている。しかし、この人たちも、私の恋の場合と同じ様に、こうでもしなければ、生きて行かれないのかも知れない。人はこの世の中に生まれて来た以上は、どうしても生き切らなければいけないものならば、この人たちのこの生き切るための姿も、憎むべきではないかも知れぬ。生きている事。生きている事。ああ、それは何というやりきれない息もたえだえの大偉業であろうか。』


『「今でも、僕をすきなのかい」
 乱暴な口調であった。
「僕の赤ちゃんが欲しいのかい」
 私は答えなかった。
 岩が落ちて来るような勢いでそのひとの顔が近づき、遮二無二しゃにむに私はキスされた。性慾のにおいのするキスだった。私はそれを受けながら、涙を流した。屈辱の、くやし涙に似ているにがい涙であった。涙はいくらでも眼からあふれ出て、流れた。
 また、二人ならんで歩きながら、
「しくじった。惚ほれちゃった」
 とそのひとは言って、笑った。
 けれども、私は笑う事が出来なかった。眉まゆをひそめて、口をすぼめた。
 仕方が無い。
 言葉で言いあらわすなら、そんな感じのものだった。』



『「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ。陰気くさい、嘆きの溜息ためいきが四方の壁から聞えている時、自分たちだけの幸福なんてある筈はずは無いじゃないか。自分の幸福も光栄も、生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるものかね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食えじきになるだけだ。みじめな人が多すぎるよ。キザかね」
「いいえ」
「恋だけだね。おめえの手紙のお説のとおりだよ」
「そう」
 
 私のその恋は、消えていた。』




『姉さん。
 だめだ。さきに行くよ。
 僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです。
 生きていたい人だけは、生きるがよい。
 人間には生きる権利があると同様に、死ぬる権利もある筈です。
 僕のこんな考え方は、少しも新しいものでも何でも無く、こんな当り前の、それこそプリミチヴな事を、ひとはへんにこわがって、あからさまに口に出して言わないだけなんです。
 生きて行きたいひとは、どんな事をしても、必ず強く生き抜くべきであり、それは見事で、人間の栄冠とでもいうものも、きっとその辺にあるのでしょうが、しかし、死ぬことだって、罪では無いと思うんです。
 僕は、僕という草は、この世の空気と陽ひの中に、生きにくいんです。生きて行くのに、どこか一つ欠けているんです。足りないんです。いままで、生きて来たのも、これでも、精一ぱいだったのです。』

『姉さん。
 僕に、一つ、秘密があるんです。』

『姉さん。
 死ぬ前に、たった一度だけ書かせて下さい。
 ‥‥スガちゃん
 その奥さんの名前です。』

『姉さん。
 僕には、希望の地盤が無いんです。さようなら。
 結局、僕の死は、自然死です。人は、思想だけでは、死ねるものではないんですから。

 一つ、とてもてれくさいお願いがあります。ママのかたみの朝の着物。あれを姉さんが、直治が来年の夏に着るようにと縫い直して下さったでしょう。あの着物を、僕の棺にいれて下さい。僕、着たかったんです。

 僕は、素面で死ぬんです。
 もういちど、さようなら。
 姉さん。
 僕は、貴族です。』





『この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。』





『私は、幸福なんですの。私の望みどおりに、赤ちゃんが出来たようでございますの。私は、いま、いっさいを失ったような気がしていますけど、でも、おなかの小さい生命が、わたしの孤独の微笑のたねになっています。』

『こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます。』

『私生児と、その母。
 けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。
 どうか、あなたも、あなたの闘いをたたかい続けて下さいまし。
 革命は、まだ、ちっとも、何も、行われていないんです。もっと、もっと、いくつもの惜しい貴い犠牲が必要のようでございます。
 いまの世の中で、一ばん美しいのは犠牲者です。』

『一つだけ、おゆるしをお願いしたい事があるのです。
 それは、私の生まれた子を、たったいちどでよろしゅうございますから、あなたの奥さまに抱かせていただきたいのです。そうして、その時、私にこういわせていただきます。
 「これは、直治が、或る女のひとに内緒に生ませた子ですの」』





久しぶりに斜陽を読んだ。
そして見つけた、何年か前に読んだ時に線を引いていた箇所。もうちょいあったけれど。パッチワーク。
俗。皮肉。周知。羞恥。ちくしょう。あーあ。
嘘と秘密の違いってなんだろう。
期待は、人間の負の感情の吹き溜まり。感情の墓場。
不良と優しさ。
犠牲者と美。
日本と憐
恋と革命。


僕は、保守派の人間です。










おわり
by hayashihiromu | 2013-06-18 00:45 | 普通

お尻の拭き方占いとかお尻の拭き方性格診断とかあったら絶対に信憑性あるよね

お尻の拭き方って、個性の塊だと思うんです。だって、こればっかりは誰にも習わない、教わらないわけですよね。もしかしたら、小さい時に親に教わった人もいるかもしれません。しかし、ではその親は一体誰からお尻の拭き方を学んだのでしょうか。親のお尻の拭き方は、もうすでに親の親のアドリブが入っている可能性があるのです。あなたの親のお尻の拭き方はアブノーマルの可能性があるのですよ。親の親のアドリブ、先祖代々のお尻の拭き方のアドリブの集大成が、今のあなたのお尻の拭きかたなのかもしれないのです!親の、先祖のアドリブやアブノーマルを伝承しているだけにすぎないのであって、普遍的なものでもなんでもないのですよあなたのお尻の拭き方は!!!!!

さらに言えば、年月を重ね、成長していくにつれ、必ずお尻の拭き方は独自に変化していきます。アドリブを入れます。そして、進化します。あなたは一体今まで何回お尻を拭いてきましたか?基本的に一日一回、二日に一回はその機会があると思います人それぞれですけれど。そして、その機会で何回拭くでしょうか?一回ってことはないですよね。数回、もしくは数十回拭く人もいるかもしれません。もうここから個性はでているのです。そう考えると、数百、数千、数万回お尻を拭いてきたはずです。その間で、必ずお尻の拭き方は進化します。人間とは、成長する動物なのです。学ぶ動物なのです。進化する動物なのです。自分のいいようにお尻の拭き方を変えていっているはずです。アドリブを入れていっているはずです。そして、注意しなければならない点は、他の人の拭き方を知る機会が無い、ということです。新しい拭き方の知識は得られない、すなわち、トイレとはガラパゴス島であり、独自の拭き方の変化、深化、進化が見られるのです。


自分の場合、大きく分けて今まで三回、進化がありました。自分の記憶では、お尻の拭き方を習った覚えはないのでね、もう手探りで始めた訳です。
一回目は、後ろから拭く方法を編み出したときです。幼稚園〜小学校2年生くらいまで、自分は前から手を突っ込んでお尻を拭いていました。理由は無いです。しかし、これ以外には考えられない、これぞ世界で唯一絶対の解だと考え、前から突っ込んでお尻を拭いていました。多少拭き難いな、と感じたことはあります。いい感じに拭けてないな、なんかフィット感がないな、と小さな自分は思っていました。さらに、自分は男なので、なんか邪魔だな、と常に思っていました。お尻を拭く時に、なんか邪魔になるものがあるななんだろうなこれ、と、まだ小さかった自分は常に思っていました。そこで、試しに、といっても、何も気負うことなく、ほんと、少しのちょっとした実験のつもりで後ろから入れてみたら、なんとまぁとてもフィット感が抜群でして。何より、障害物なくさくっとスタイリッシュに拭けることに小さな自分はものすごい魅力を感じ、後ろから拭くようになったのです。


二回目は、ウォシュレット革命です。
この革命が起こったのは、小学校6年生くらいだったと思います。
その前までは、もうめちゃくちゃトイレットペーパーを使っていたんですよね。なんか拭けてる感がなくて。いつまで経っても不安なんですよ。これちゃんと拭けてるのかな、と。だから、もう本当にめちゃくちゃたくさんトイレットペーパーを使っていました。使いすぎて、毎回溢れてましたもん。便器から。自分の股の間からトイレットペーパーが溢れ出てました。それでも、なんだか不安なので、念には念を入れて、パンツを履く時にトイレットペーパーを自分のお尻に挟んでいました。パンツとの間にワンクッションおいていました。それでしばらく生活し、一時間ほど経ったら、もう大丈夫かな、と思い、綺麗なお尻をダイレクトにパンツにぶつけて生活する、という感じでした。そしたら、さすがにやっぱりお尻がひりひりしたりするし、何よりトイレットペーパーの消費量が異常なため、ちょっとした罪悪感を抱いていたんですよね。そこで、登場するのがウォシュレットです。それまでの自分は、ウォシュレットはなんか怖かったんです。一回だけ試したことはあったのですが、なんかものすごい水圧の強いやつを押してしまい、それが、まさにダイレクトアタックしてしまったんですよね。号泣ですよ。こんなの聞いてないよと。初めての感覚でしたしね。それがトラウマだったのです。
しかし、小学校6年生になった今、なんとかこの大量消費のトイレットペーパーをやめなければならないと考え、ウォシュレットのスイッチを押してみたのです。もう、自分の肛門はあの時とは違うんだと。あの時はまだきっと成長途中で柔らかかったから痛かっただけなのだ。もう今の自分の肛門は筋肉も発達しているはず!固いに違いない!もう負けない!!!と決心を固めたわけです。
それで、ウォシュレットを使ってみたところ、普通にいい感じだったので、そのまま続行していったわけです。

ただ、ウォシュレットを使うようになってから、一つ問題が‥。詳細はまた今度書くかどうかわからないですけれど、あれなんです、ウォシュレットの刺激が無ければ出なくなってしまったんですよね‥。今はもう克服していますけれど。

まあそんなのは置いといて、三回目の進化、そして今最も最先端の拭き方、それは、挟んで拭く、という方法です。これは画期的でした。自分の肛門括約筋を最大限に活かす方法です。ペーパを添えて、それを右側と左側の括約筋で挟み撃ちにし、全力で圧を加えた後、そのペーパーを引き抜くのです。これをほんの数回繰り返せば、もうそれで終わりですから。さらに、全然ヒリヒリしないんです。痛くないんです。肛門に超やさしいのですこの拭き方は。そして、これは今までの拭き方の連携技でもあるんですよね。ウォシュレットで洗浄してから、挟んで拭き、最後に普通に拭く。何この軍隊、強すぎ〜。
さらに、この挟んで拭く拭き方は、単独作戦でも使えるのです。独立遊軍でもあるのです。ウォシュレットに慣れてしまってからは、もうウォシュレット無しの体では生きられなくなってしまうじゃないですか。なので、外でお尻を拭く時は、ものすごいまた余計にペーパーを使ってしまうし、ヒリヒリすることになってしまいます。しかし、この挟んで拭く方法であると、そんなことはないのです。
そもそも、普通に拭いていたらあれですよね、広がる可能性があるじゃないですか。汚れが。薄く満遍なく。それを避けるためにも、この挟んで拭く方法は素晴らしいと思うのです。



しかし、今日の朝、またその挟んで拭く拭き方で拭いていたら、思ったより指を入れすぎてしまい、完全に肛門がさけました。
もうマジで痛い本当に痛い。「あがっ」って言っちゃったよ。
なんか、出した後の肛門って、たまに思った以上に開いている時があるんですよ。緩んで。というか、なんかふわっふわしてるんですよね。たぶん、肛門さんの緊張が解けたのでしょうね。明らかに自分のキャパシティーよりもでかいものが出てくるわけですからね。限界突破してくるわけですから。もう、戦いですよね命がけの。その緊張感から解放されたため、緩んで、ふわっふわしてるんだと思います。
それは知っていたんです。なので、最初の一挟みから二挟みくらいまでは、ゆっくりソフトにするんですよ。でも、今日は、なんか油断したんですよね。考え事してたんだと思います。慢性からの油断ですよね。最初の一挟み目で、四挟み目のタッチでいってしまったんですよね。もう、後の惨状は分かると思います。






みなさんも、自分のお尻の拭き方を再考してみてはいかがでしょうか。それはきっとオンリーワンの拭き方であり、アイデンティティでもあるのです。立派な個性が出ていると思いますよ。

























おわり
by hayashihiromu | 2013-06-17 19:30 | 普通

こぶくろ

体が丈夫でありたいですよね。

やっと唇が治りました。昨日あたりまで、もう唇ぐじゃぐじゃだったんですよ。みたことがないくらいに、もう酷い事になってまして。乾燥じゃなくて、なんか荒れすぎて色々出てきて腫れて痛くて、って感じです。これが噂のヘルペスなのか‥、と思っていたのですが、病院へ行ったところ、どうやら違うと。なんかよくわからん何それ気持ちわるっ、みたいな。
ここ一ヶ月は色々忙しかったので、それがぶわっとでちゃったのかなって感じです。いや、まあ、それにしても唇に出て来るかね‥。もっと違うところでいいじゃない。自己主張激しすぎです。なんにせよ、薬塗ってたら治ったのでよかったです。



昔聞いていた音楽を聞くと、本当にその時の情景や感情が蘇ってきますね。最近、コブクロの曲を聞いて、中学1年生あたりのことがぶわぁーーっと蘇ってきました。自分は、中学校は楽しかったので、その時の思い出は結構あるんです。
中学の頃の音楽遍歴、というか、中2の前半あたりまでは、BUMPやスピッツ、コブクロ、尾崎をよく聞いてましたかねー。中2後半以降から、RCやミッシェル、野狐禅、他古めの洋楽を色々聞くようになりました。

そんなこんながあって、この前、YouTubeでHEY×3にコブクロが出ている動画を見たんですよね。元々ダウンタウンさんの大ファンなので、しょっちゅうダウンタウンさん関連の動画を漁っているのですが、そこでHEY×3に出ているコブクロのトークの動画を見まして。めっちゃ面白かったんで、関連で色々コブクロ動画を見ていたんですよね。そうしたら、これまたHEY×3で「ここにしか咲かない花」を歌っている動画を見たんですよ。
コブクロの歌をちゃんと聞くのはもう5年ぶりくらいだったもので、懐かしいな、というか、そもそもコブクロを聞いていた、という事実さえも忘れていたので、なんだか、小さい頃仲良くしていた友達に久しぶりにあったけれど、もうあの時の自分と今の自分はだいぶ違うから、どう接したら良いか分からず、気まずさやら含羞やら寂しさ懐かしさ、そしてそんなことを感じる自分の厚かましさと恥等を織り交ぜたような、そんなぞわぞわした感じが体をなぞっていました。すると、段々色々思い出してくると同時に、ああ、この曲こんなんだったんだな、と色々再発見というか。楽器の感じとか、歌詞の感じとか、当時のアホな自分がふわふわ聞いていた時と、違って聞こえるんですよね。それと同時に、郷愁感というか、フラッシュバックがくるわけですよ。
あと、良い声っていいですよね。ヘッドホンで聞いてたら、なんかもう、うわあああって感じになりました。
何か考え事とかしている時、昔々に聞いていた音楽をもう一度聞き返すといいんじゃないですかね。昔の自分の内面や経験とこんにちはできて、頑張ろうと思えます。
やっぱりいいものはいいですよね。




ぜひ








おもしろいです




















おわり
by hayashihiromu | 2013-06-16 14:30 | 普通

【祝】免許取得

いやー、やっと免許を取りましたよ。長かったー。
教習所へ行き始めたのが、たしか去年の12月中旬。そして教習所を卒業したのが4月下旬。で、本試験(学科試験)を受けに行き、免許取得できたのが6月。半年掛かりました。
これはあれですよ、自分がどんくさいからとかじゃないですからね!確かに半クラッチとか最初意味分からなすぎて永遠車が震えているだけ、とかあったけれども、でも、最初の数回をこなしたらもうなれて普通にできてましたから。
問題は、予約が全く取れなかった、ということです。春休みの込み具合が想像以上で、二週間に一回くらいしか乗れなかったんですよね。そのため、4月になってから、大学と並行して通い、なんとか卒業したわけです。その後、免許取得まで一ヶ月以上かかったのは、これもあれですよ、落ちたからとかじゃないですからね!この制度は絶対に変えた方がいいと思うのですけれど、本試験というのは平日しか受けられないのです。土日祝日は受けられないため、まともに社会生活送っている人間は、基本的に受けることができないんですよ。自分も大学の授業があるため、なかなか行くタイミングが無かった、というわけなのです。結局授業サボって行くことになりました。ただ、一発で普通に取れたのでね、よかったです。

それで衝撃だったのは、本試験受けていた人の半数が落ちいていたということ。本試験では、試験が終わった30分後くらいに合格発表があり、ダメだった人は席を立って帰されるという中々の公開処刑があるのですが、約半数の人が席を立って出て行っちゃったんですよね。
いや、おじさんおばさんとかならまだ分かりますよ。でもね、同年代くらいの、若い人もばんばん出て行っていて、もう唖然ですよ。日本大丈夫かと。もうこわーーーい。

こわいといえば、試験場へ向かう途中に乗ったタクシーのおっさんも中々こわかったです。時間切ギリギリに着きそうな感じだったので、駅から試験場までタクシーに乗ったんですよね。大井町から鮫洲試験場までです。タクシーのおっさんに「鮫洲試験場までお願いします」っていうじゃないですか。そしたら、そこでおっさんはピンときたらしく、「おお、免許取りに行くのかい」となんか会話を始めてきたんですよね。
そこからもうおっさんしゃべるしゃべる。乗ってた時間は10分も無かったと思うんですけどね、もうしゃべるんですよ。俺は一回もひっかからずに免許とったーとか、でも教習所で一回教官と殴り合いの喧嘩してやめたことがあるとか、矛盾というかよくわからないことを永遠言っているわけですよ。しかも、絶対教官と殴り合いとか嘘ですからね。なんかそんな感じのおっさんじゃなかったですもん。もう鬱陶しかったんですけれども、はぁ、うわぁ、すごいですね、の三つの単語を駆使してやり過ごしていたんですよ。そしたらね、なぜか説教が始まりまして。
なんか、自分は年上の人に説教されやすいんですよね。教習所でもよく説教されてましたもん。あれですよ、怒られる、とかじゃなくて、なんかよく説かれるんですよ。説かれて教わるんですよ。ほとんどが教わることなんもないですけれど。
なんか自分がちゃらいから説教される、というよりは、なんでもはぁ、ほー、凄いですねー、というもんだから、なんか年配の方のテンションを上げてしまうんでしょうね。このおっさんからも運転に関する説教を受けました。
そしてら、その説教に関してもはぁ、ほー、うわぁ、凄いですねー、と立てながら聞いていたら、さらにどんどんテンション上がってきまして、運転が荒っぽくなってきたといいますか、ああ、このおっさんいいとこ見せたいんだな、みたいな、そんな感じの運転し始めたんですよ。信号赤から青になって、ちょっとでも前の車が行かなかったらクラクションならしたりね、なんかキモかったです。「ああいうとろい運転しちゃだめだぞ」みたいに言いながらね。はぁ。こわいこわい。

試験場の警官も怖かったです。なんであんな偉そうなんすか?警官って。もれなく全員タメ口というか、赤の他人と接するような口調じゃないんですよ、あの人達。なんか悲しかったです。


まぁ、何はともあれ、免許を取得したわけですからね。大学生ですし、色々な所へ行ってみたいと思います。色々見て、聞いて、感じて、って。楽しみ。











おわり
by hayashihiromu | 2013-06-13 20:43 | 普通

よく考えたらコンタクト最初に思い付いた人の発想ってヤバいよねそいつとは友達にはなりたくないかな

よく目にガラス貼付けようと思ったよね。考えてもやってみようと思わないでしょ普通。異常ですよ。
こーーーわいっ


そういうわけで、昨日、コンタクトを処方してもらいに眼科へ行ってきました。
自分はそこそこ目が悪いのです。強めの乱視で0.04と、メガネを外すと、近くの人の顔もはっきりと見えません。しかし、日常ではメガネやコンタクトなどの視力矯正器具を用いることなく生活しています。大学の講義中や、何かをしっかり見なきゃいけないとき、見たい時にだけメガネを掛けています。

なぜかというと、理由は何個かあるのですが‥。一つは、普通に単純にメガネ掛けるの煩わしい、そしてコンタクトってなんか怖そう、だからです。まとめると、視力矯正器具って鬱陶しいよね、ってこと。
メガネ掛けてても、なんかずっとメガネの縁が見えてるじゃないですか?上向いたり下向いたりすると世界が水浸しになるじゃないですか?

さらに一つは、見えないのに慣れてしまった、ということです。自分は人の顔がハッキリ見えない生活をずっと送ってきました。なので、メガネを掛けて人の顔をしっかり見ると、すごいびっくりしてしまうのです。人の顔がハッキリ見えない=みんな美肌です。ぴちぴちです。細かいシミとか毛穴とか見えないですから。それでなれていると、メガネを掛けて人を見た時、びっくりしてしまうのです。ああ、人間ってこういう動物なんだな‥、となんだか物悲しくなってしまうのです。そして、自分もそうなんだ、と思うと、もう素顔を晒して外を出歩くことが極端に恥ずかしくなってしまい、もうマスク生活になってしまうわけです。それが嫌なので、日常では視力を矯正していないのです。
他にもあるけど、まぁだいたいこんな感じです。

しかし、大学に入り、そうも言っていられなくなりました。なぜならば、知り合いがとても増えたのです。今まで、特に高校内では、知り合いはほとんどいませんでした。いや、もう、本当にいませんでした。挨拶してくれるような人も、するような人も、もう、本当に、なんの誇張も無くほとんどいなかったのです。なので、日常で人の顔が見えなくても、特に問題はなかったのです。声かけてくれるような人は、めっちゃ仲いい人くらいだったので、こっちが気付かずに歩いていても向こうから来てくれていました。だから、よかったのです。また、学校へ行くまでの道のりにおいても、寄り道することなく真っすぐ登校し真っすぐ帰宅する感動的な真面目生徒でしたから、もうルーティーン、メガネをかけて何かを確認する必要もないわけです。

大学に入ってからは、とにかく知り合いが増えたのです。高校までの自分は、いわばなんかのさなぎでした。籠っていました。しかし、大学では、自分は羽化しかけているなんかなのです。というわけで、知り合いがとても増えました。とても喜ばしいことなのですが、そういう人とすれ違ったたとしても、そして遠めから挨拶されたとしても、全く気付かず無視してしまうようなことが増えてしまったのです。これはまずいですよね。この前もかなり酷いことしてしまい、隣にいた友達にも今のはヤバい、と、引かれ気味だったので、人を傷つけてまでエゴを通し、視力を矯正しないのはダメだな、と考えたのです。

ところで、知り合いに道で会ったり、挨拶したりしても反応が微妙だった場合、それは単にその人は何も見えていないだけ、という可能性が高いということを、心の片隅にでも置いていてらえると、世界は少し平和になると思います。





そういうわけで、眼科へ行ってきました。しかし、これがまあなんというか、コンタクト処方までにめちゃくちゃ時間がかかったのです‥。
まず、眼圧をはかるとかなんとかいって、目にめっちゃ風を吹き付けられたんですけれど、もうね、めっちゃ目を瞑ってしまって‥。はかれないので我慢して開けといて下さいね、なんて優しくいわれてもね、これは我慢とかそんなんじゃないんですよ。生理的に目が閉じちゃうんです。ほら、自分はすごいワイルドな育ち方していますから、中2くらいまで裸足で裏山をかけずり回って、野生の動物と一緒に踊ったりしていましたから、反射神経というか、防衛本能が凄まじいんですよね。何かあぶない!って思ったらめっちゃ反応してしまうんですよ。あわあわわあああああって声とかでちゃうんですよ。
だって、目に風吹き付けられるんですよ?なんすかこれ?それで、もうずっと風が吹き付けられる瞬間に目を閉じてしまいまして、最初は看護婦さんも笑ってたんです。
「目、つぶっちゃいますよね(笑)少しだけ我慢して下さいね〜笑」
って。でもね。片目だけで二桁を余裕で超えたくらい失敗すると、もう声が固いですよね。かっちかちでした。
「我慢して下さい」
もう怖いですよ。めっちゃ怖かった。でもね、自分の防衛本能が凄まじすぎて、自分の生い立ちがワイルドすぎて、どうしても瞑ってしまって‥。結局5分以上やっていたと思います。ごめんなさい‥。

それで、視力はかって、いざコンタクトを付けよう、となりました。結果からいうと、片目付けるに20分、外すのに片目30分かかりました。
この時もね、ずっと横に看護婦さんがついていてくれていたんですけれど、もう、顔が死んでいるんですよね。そりゃそうですよ。若い身長高めの兄ちゃんが「うわっ」「え、え、え、」「ああああ」とか言いながらコンタクト付けようとしているんですもの。しかも全然付けられないし。あまりにもつけられないから、一回看護婦さんに「これって本当に付けられるんですかね‥」と思わず言ってしまいました。そしたら、食い気味に「付けられます」と無表情且つかっちかちの声で言われました。ちょっと泣きそうになりました。ごめんなさい‥。

その後もなんやかんやあって、結局2時間以上かかりました。それで、リハを飛ばしてしまいました‥。もう本当にごめんなさい‥。


それでも、なんとかコンタクトを入手することに成功したわけです。しかし、本当の恐怖はこれからで‥。

もう、コンタクトが外れないんですよーーーうううう(´;ω;`)
全然外れない(´;ω;`)
昨日もめっちゃ時間かかった(´;ω;`)
もうやだぁああこわいんだよとるとき‥
絶対とるときに目を傷つけてしまっていますよ。特に左目。ぐってやっちゃんだもん。もうこわいやだああああたすけてええ!!







おわり
by hayashihiromu | 2013-06-09 23:08 | 普通

コンタクトが取れない





誰か(´;ω;`)





今日初めてつけたけど何これもう無理取れない一生このままだ(´;ω;`)
by hayashihiromu | 2013-06-08 16:40 | 普通

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ダウンタウンさん、高須光聖さん、板尾創路さんを心から尊敬しております。

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