ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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未完のファシズム~「持たざる国」日本の運命~ 

今まで私達は、小中高、と、歴史を教わってきたと思います。
そしてその際、必ず一回はこのような疑問が頭をよぎったことでしょう。


この歴史の登場人物(達)は、なぜ、このような行動をしたのだろうか。


例えば、なんで明智さんは織田さんに謀反を起こしたのかー、くらいなら誰でも思ったことがあるでしょうね。他にも色々あるでしょう。

ただ、その代表格というものは、「先の大戦」における日本軍の行動なのではないでしょうか。
なぜ、あの勝ち目の無い戦争へ突き進んだのか。なぜ、多くの日本兵は、「天皇陛下万歳」を叫び、敵に突撃し、玉砕していったのか。今の感覚からは想像できない。
だからこそ、日本軍の暴走?ファシズム?欲深かったから?と、しばしば感覚で、「軍」「政治」が無能であり、絶対悪であると決めつけてしまいます。そして、未だに、少なくない数の日本人は、このことにトラウマを持っています。軍を持ったら、またあのような歴史が繰り返されるのではないか、と。

このような問いに対して、今まで多くの学者の方々が研究し、一定の答えを出してきました。しかし、この『未完のファシズム』では、今までにあまりなかった、日本軍軍人の戦争哲学の観点から、上記の問いに対し、見事に答えを示したものであります。ちなみに、この本は、昨年司馬遼太郎賞を受賞しました。


〈内容説明〉
昭和の軍人たちは何を考え、1945年の滅亡へと至ったのか。
天皇陛下万歳!大正から昭和の敗戦へ。時代が下れば下るほど、近代化が進展すればするほど、日本人はなぜ神がかっていったのか。皇道派vs統制派、世界最終戦論、総力戦体制、そして一億玉砕‥‥。第一次世界大戦に衝撃を受けた軍人たちの戦争哲学を読み解き、近代日本のアイロニカルな運命を一気に描き出す。




本書のポイントは2つです。
①日本軍の精神主義の前提。顕教と密教。建前と本音。
②日本のファシズムは「未完」であった


①日本軍の精神主義の前提。顕教と密教。建前と本音。

日本軍の精神主義には、前提があったのです。
何も初めから、何の前触れも無しに精神主義を唱え始めたのではありません。しっかりとそこには論理的前提があったのです。しかし、その論理的前提は、「軍」としてふさわしいものではありませんでした。そこで、当時の軍上層部は、外に向けたもので、文章に残した顕教、建前と、自分達だけが知る密教、本音を分けました。その顕教こそが精神主義であり、密教は「避戦」であったのです。しかし、軍内部の権力争いの推移で、密教を知る人たちが、中心からはじき飛ばされました。残ったのは、文章化されてある顕教、すなわち精神主義でした。


そもそも、日本軍は、しっかりと現状を認識していました。
例えば、司馬遼太郎は、日露戦争以降の日本の軍人、政治家にはビジョンが無かったと言っています。通説でも、日本軍は、日清、日露で勝利し、調子に乗って支那事変、太平洋戦争へと進んでいった、また、日本は第一次世界大戦に本格的に参加しなかったことによって、戦争の変化、武器の発達の進化に追いつけなかったため、あのような「先の大戦」とあの戦い方が生じたのだと言われています。

しかし、これに一石を投じたのが本書です。
日本軍は、第一次世界大戦における戦争の質的な変化をいち早く理解していました。
第一次世界大戦における戦争の変化とは、総力戦に変わった、ということです。物量が多く、国力のある「持てる国」が勝ち、物量の少なく、国力の無い「持たざる国」が負ける。
日本軍は、いち早くこの「戦争」の質的な変化に気付いていました。その証拠に、ドイツ軍の青島の要塞を攻めるにあたり、実際に物量戦を展開しています。また、第一次世界大戦に関する日本軍が分析した資料(『観察』等)などにも、その変化の理解は現れています。

では、ここで日本軍は、どう考えたか。

1、「持たざる国」は、身の丈の合った戦争しかしてはいけない。(皇統派)
2、「持たざる国」を長い年月を掛けて「持てる国」にする。それまでは、大戦に参加してはいけない。(統制派)


ここで、意見の対立があったわけです。
しかし、当時の軍上層部で権力を握っていたのは皇統派でした。
しばらく、皇統派主導で「日本軍」が作られていきます。

皇統派の思考は、以下の通りです。

戦争の変化により、日本はもう米国、英国、ソ連等の「持てる国」とは戦争しても勝てない。そればかりか、戦争を強行することにより、国内が不安定化し、ロシアのように革命が起こるかもしれない。そのため、もう「持たざる国」日本は、避戦に徹するべきである。しかし、避けられない戦争もある。それは、ソ連が国境を進攻してきた時。その際には、戦わなければならない。なら、どうするか。

そこで、日本陸軍の理想とされたのが、第一次世界大戦におけるタンネンベルクでの戦いです。これは、13万のドイツ軍が、50万のロシア軍に対して、策略と包囲殲滅により勝利した戦いです。

日本陸軍は、ソ連侵攻に際して勝利するためには、状況的にも、地理的にも、タンネンベルクの再現しか方法は無いと考えました。策略、包囲殲滅、短期決戦、そして、数の少なさは精神力で底上げ。そのため、軍は徹底的にタンネンベルクを兵士に教えました。

ここで、ずれが生じていたのです。皇統派が支配していた上層部においては、そもそも戦争はソ連侵攻しか予定していなかった。そのため、戦争=ソ連侵攻=タンネンベルク戦術だったのです。しかし、対外的に、もう日本は強い国とは戦争をしない、とは言えない訳です。そのため、兵士や、軍全体に対しては、戦争=ソ連侵攻=タンネンベルク戦術だとは伝えていなかった。そのため、軍全体としては、戦争=タンネンベルク戦術になってしまっていたのです。つまり、戦争は、精神力で補い、どんなに劣勢でも、最後まで迂回し、包囲殲滅を目指すのだ、と教え込んでいたのです。

上層部にしてみれば、ソ連が進攻してきた際以外には、避戦を徹底するため、戦争=タンネンベルク戦術でいいと考えていたのです。ソ連進攻以外の戦争は予定していない。そして、精神主義的な「統帥網領」と「戦闘網要」を書き記しました。


しかし、2.26事件で皇統派は失脚します。結果、建前、顕教である「統帥網領」と「戦闘網要」、そしてそこに書かれてある精神論だけが軍に残り、本音、密教である避戦が、軍の中から消えてしまったのです。そして、次に統制派が権力を握ったのです。



では、統制派は、何を考えていたのか。

日本が「持たざる国」であるという認識は、皇統派と一緒です。
違うのは、後々、日本は列強と大きな戦争をする、という予測です。
後々、米国や英国とも戦争をしなくてはいけない時がくる。それまでに、長い年月をかけて国力を増強するべきだ、というものです。
石原莞爾なんかがそうですね。このような思想の下引き起こされたのが、満州事変です。



そして、もう1つ重要になってくるのが、中柴末純と、彼が製作に関わった、戦陣訓です。
彼は、確かに「持たざる国」は戦争しても勝てない、と考えていました。しかし、戦争というものは自分達から始めるものだけではなく、他国から攻められる場合もある。その時に、「持たざる国」が「持てる国」に対してどう戦うか、ということを、最重要課題として考えていたのです。そして、実際に満州事変から始まり、太平洋戦争へと繋がっていったわけですよね。絶対に避けたかった、「持てる国」との戦いが始まってしまいました。

そこで、玉砕の思想が出て来るわけです。

つまり、戦力的には勝つことができない。ならば、日本兵が自ら死ににいくような戦いをすることで、敵に「畏怖」を与えようというものです。戦争は、戦意が無くなれば継続できません。そこを狙うしか、日本はもう無理だ、となったわけです。

実際に、アッツ島玉砕の際に、米軍は衝撃を受けました。米軍の従軍記者が、こんなやつらと本当に戦えるのか?という記事も書きました。それが拍車をかけ、後の戦場でも玉砕が起き、特攻隊が生まれたのです。


悲劇です。軍は、決して無能ではなかった。分析はしていた。理解もしていた。しかし、日本は「持たざる国」。当時の国際情勢の中、どうすることもできなかった。そこで軍内部でも意見が割れた。

結果としては、日本が生き残るために、「持たざる国」を「持てる国」にしようとしたものの、間に合わず、そして、かなしいかな、それが契機となり、太平洋戦争の滅亡へと突入していきました。


日本は、どこで間違えたのでしょうか。いや、果たして、本当に間違えていたのでしょうか。当時の国際情勢の中、そして「持たざる国」日本の、限られた選択。必然だったのかもしれません。明治維新以降、背伸びして背伸びして生き残ってはきたものの、限界は訪れたわけです。



ここに書いたのはほんの一部です。もっと詳しく、色々なエピソードを交えて書かれているのでね、とても面白いので、はい。



と、ここまで書いて②日本のファシズムは未完であった、というのを忘れていました。

簡単に説明すると、東条英機は独裁者だ、ファシストだ、軍が政治を握っていた、という通説、一般認識があります。しかし、実際は、東条英機にそのような権力はなかった、というものです。

そもそも、当時の明治憲法下では、天皇陛下以外に「独裁」ができるようなシステムではありませんでした。というのも、天皇陛下に対して下克上が行われない様に、明治憲法により、徹底的に権力を分散したのです。権力者が生まれない様に、あらゆる権限を分けていました。バラバラだったんですよね。

しかし、戦争などの総力戦において、国は一体にならなければなりません。それをなんとかしようと思い、一元的なシステムを作ろうと腐心したのが東条英機でありました。しかし、実際にはそれでも権限はあまりなかった。そもそもあったとしたら、あのような戦争には突き進まなかったはずです。

そのため、結果として、日本のファシズムは「未完」であった、というのが本書によるものです。


ざっと軽く稚拙な概要を書きましたが、本当におもしろかったのでね、興味を持って頂ければ幸いです。









おわり
by hayashihiromu | 2013-07-31 12:41 | 普通

JOIN ALIVE!!〜今の小さな子ども達のピースサインって〜

北海道へ行ってきました〜!!
いいですね、北海道!気候がやっぱりいいですねぇ。東京に戻ってきた時のこの蒸し暑さはね、なんか、いやになってしまいました。すぐ慣れたけれども。

ライブ自体は、ベストっぽいものが出せた様な出せなかった様な。ただ、はっきりと言えることは楽しかったですね。よかった〜。
あんなに汗をかいたのは久しぶりです。それというのも、準ヒートテックみたいなのを着たままライブやってしまっていまして。北海道だから、ちょっと寒いかな、寒いんだったらヒートテックだな、という感じで、そんなことになってしまいました。はい。

また、当日の朝、なぜか体調がかなり悪く、朝空港のトイレで胃の内容物を一滴残らず吐き出すというハプニングがあったのですが、吐いたら治りました。吐くってすごいね万能だね。

そんな状態の中、当日の朝、空港で飛行機を待っていたのですが、ちょうど今は夏休みということもあって、小さな子ども達がたくさんいました。旅行なのか帰省なのか。自分も小さな頃は長期休暇の際には飛行機に乗っていたため、なんだか懐かしく、健やかな気分になりましたね。
そこで、ぼーっとその小さな子供達を見ていると、女の子なんかは写真を取りだす訳ですよ。あーテンションいい感じに上がっているんだな、お父さん、そんなににこにこして写真取らなくても、これが数年後には‥でも今だけは‥みたいな暖かい雰囲気。そこで、自分が衝撃を受けたのが、小さな子ども達のピースサイン。

自分がまだ小さかったころ、自分も、周りも、絶対あの様なピースはしていなかったですよ。普通にピースしてましたもん。それが、小学一年、二年生くらいの小さな子が、なんかギャルっぽいピースサインあるじゃないですか?それとちゃらい人が写真に写る時のポーズ。なんか斜め下向いて、ちょっと捻った感じのピースして、みたいな。あれをやってたんですよ小さな子ども達が。
なんかびっくりしてしまいましてね。あー、時代って、こういうことか、みたいな。そりゃ、価値観なんて違うわと。自分達が小さかった頃、そんな発想なかったですもん。写真って、なんか、純粋に、自分を残したい的な、この楽しいのを残しておきたいな、みたいな。かわいく写りたいとか、かっこよく写りたいとか、考えてなかったんじゃないかなー。だから普通に記号としてのピースサインといいますか、うん。まぁでも、そもそも今の小さい子ども達も、そのピースサインが記号だったとしたら、もう前提から違うわけでして、これまた大きな価値観の違いですね。
なかなか衝撃でしたねー。なんか、そんな小細工しなくてもいいじゃない。これから成長するにつれて小細工しなけりゃ生活できないようになるんだからさ、今からそんなんじゃしんどいですよ。

やっぱり情報化なんですかねー。自分達がまだ小さな頃って、いっても、それまでとあまり変わらなかったような気がするんですよね。明らかに、なんか違うんだな、と。こわいけれどもおもしろいですね。でもなんかこわい。



話しがぶわわわんとそれてしまいましたが、JOIN ALIVEですね。
タムさんは今日テストだということでね、自分も今日テストある可能性がありましたし、日帰り北海道だったわけです。そのため、2バンドしか見れなかったのですが、それでもとてもとても良い経験をさせていただきました。このような経験をさせて頂き、本当に感謝です!見て下さった方々にも本当に感謝です!もっと頑張りましょー!!


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なんちゃら賞を受賞したらしいラーメン的な。














おわり
by hayashihiromu | 2013-07-29 12:25 | ライブ

セミの抜け殻

いやはや。

ただいま試験期間真っ最中。
今日から本格的に始まりました。先週までで語学テストが終わり、今週から必修と一般教養が一気に迫ってきます。今日は憲法君と法学君と会ってきました。2人ともとてもいい子でね、自分の言うことをちゃんと聞いてくれてね、これからも上手くやっていけそうです。明日はね、問題児の民法君と刑法君です。刑法君はもうすでに半殺しにしてる状態で、かなり大人しくなっていますね。でも目を離すと全裸で走り回るので、その度に鈍器を投げつけています。対して民法君は、なんかもうよくわからないこの子。何なのこの子。

でも試験が全部終った次の次の日にはJOIN ALIVEなんです!今週の日曜日は北海道なんです!こんな機会を頂けて、本当に感謝です。

北海道はねー。個人的にはスノーボードしに行ったりしてましたよー。るすつって所。変換したら留寿都って出てきたんだけれどもこれでいいのかな?

バンドで一ヶ月間ラジオにも出たことがありますね〜。北海道のラジオ番組。

お土産とかね、どうしようかな。高校時代はお土産を買う友人がほぼいなかったため、こんなイベントはなかったんだけれども、大学ではね、夏休みとかでも会う人たちがいるので、なんだか楽しみですねこういうの。ぐふふへへ。ふふふふ。

ああ、ウニイカ買いたいな。あれめっちゃ好きです。ふふ。



まあでも、そのJOIN ALIVE、とてもいい気分で演奏するためには、今勉強を頑張らねばですね。

そんなこんなで、たくさんお勉強している訳です。ずっと部屋に籠って座って書き書きしているため、お尻がとても痛い。特に、自分はお尻の肉もあまり無いため、骨にダイレクトに付加が掛かり、もう大変。なので、先程、少し息抜きしようと、縁側、正確に言えば濡れ縁ですかね、そこに出てみました。

窓を開け、濡れ縁に出て、うーんと伸びをして、ふぅ、っと一息。クーラーで冷えた自分の表面に、夏の、自然の暖かさが染みます。暑いのは嫌いだけれども、陽の光に当たるのは、やっぱり気持ちがいいな。と、そこで気付いたのが、今の季節が「夏」だということと、窓が開けっ放しであるということ。夏は暑いだけじゃない。夏に窓を開けっ放しにしてしまうと、虫が侵入してしまいますよね。地獄です。最悪です。絶対に嫌です。やばいやばいと思い、網戸に手を掛け、閉めようとした時に、あれ、なんだか、あれあれ、斜め上になんかあるけど、これなーに?網戸になんか引っかかってるけれど、これなーに?とパッとその何か、を見てみると、セミの抜け殻でありました。

セミの抜け殻を見るのは、もう何年ぶりとか、そんなレベルであります。都会の申し子である自分は、セミの抜け殻が壁に引っ付いている所なんて、めったに見ない。ただ、夏休み、大阪の祖父母の家に帰省すると、たくさん見ました。まだ小さかった頃、その抜け殻をたくさん集めて、遊んでいました。集めたセミの抜け殻で、怪獣ごっこ、といいますか、戦わせて遊んでいました。小さい自分には、なんだかこの抜け殻が神秘的に見えて、遊びながらも、絶対に壊さないように気をつけて、遊び終わったら、ずっと眺めていました。

そんな郷愁を纏うセミの抜け殻と、数年ぶりに対面した訳であります。そこで自分の発した言葉は、「あがぎゃが」でありました。
いつか書いたと思いますが、自分は、今の自分は、本当に虫がダメなんです。本当に、今の自分は、精神科に行くか悩むレベルで虫がダメなんです。そんな自分の目の前にセミの抜け殻なんて現れた日にはもうやばばばばばば。あの茶色くてグロテスクな形がしたそこそこ大きいセミの抜け殻があったら、もう頭がぱーん。郷愁とかマジで関係無いそんなの無い。っていうか何だよそれ。セミにそんなもん無いよ。何言ってんだ。ただただきもいやだやだやだああああああああ。

思わず言葉にならない音が唇から溢れ出したラララ。そして次の瞬間あああああああああああああああああああああが大気を揺らしたラララ。

叫ぶだけなら、まだよかった。


自分の家の濡れ縁の右手には、腰の高さほどの柵があります。その柵を乗り越えてしまうと、真っ逆さまに地下に落ちてしまう使用になっています。地下の部屋の庭?みたいな所に落ちてしまうんですね。そんなことになったら、大分死にますね。最低でも骨折です。まあその防止のために柵がある訳で、よほどのアホでもない限り落ちない訳です。

あまりにもパニックになって、頭が真っ白になって、「うきゃああががあああ」と叫びながらのたうち回っていた自分は、その柵に乗り上げました。もうなんていうんでしょ。ひゅっ、ってなりました。体全体が、ひゅ、ってなりました。

一気に冷静になりましたよ。もう生存本能爆発です。っていう感覚さえ無かったんですけれどね。もう咄嗟な判断です。このまま頑張って抵抗しても自分の筋肉量じゃどうにもならない。かといって何かに捕まろうにもミスったらそこでお陀仏。結果、もうここは流れに任せて柵を越えてやろうと。そしてスムーズに、もともとその柵を越えて、柵の向こう側に立とうとしたんですよ、的な。青い春のベランダゲームをしようとしたんですよ、的な。そんな感じで頑張ったらなんとか落ちずにすみました。いや、本当に危なかった。自分の人生の中で危なかったランキングを付けたら、確実に入る。

でもね、さすがなのは、例えば、ベランダゲーム方式ではなくて、何かに捕まって必死で助かろうとしていたとしますよね。すると、第三者から見たら、どうでしょうか。濡れ縁に出て黄昏れている上はTシャツ、下はパンツの身長高めの兄ちゃんが、網戸閉めようとしたらいきなり奇声上げて暴れだしてそのまま柵乗り越えて落ちていった。でもなんとか捕まって必死で生きようとしていたなんかきも。って感じですよ。きもいですよ。必死感がね、なんか全体的に必死感がきもいですよ。

でもね、これをベランダゲーム方式で回避したことにより、どうですか。ほら、どうですか。第三者から見たら、濡れ縁に出て黄昏れている上はTシャツ、下はパンツの身長高めの兄ちゃんが、網戸閉めようとしたらいきなり声を発しながら踊りだし、柵を乗り越えてベランダゲームを始めたため、ああ、この人は最初からベランダゲームがしたかったオシャレでスマートな人なんだな、となりますよね。

やっぱりね、こういうのが大事だと思うんです。こう、いつでも、どんな危機的状況下においても、こうオシャレでありたい的な?スマートでありたい的な?そして少し遊び心もある感じのさ、ほら、やっぱりこういうのが大事だと思うんです。

いや、でも結果落ちずにすんでよかったです。未だにどきどきです。やっぱりね、身長高いと重心も高いですから、すぐにバランスを崩すんですよ。ダメですね。ジムに行かなければ。





そんな一騒ぎがあり、なんだか逆にどっと疲れてしまい、またこりもせず濡れ縁に腰を下ろしました。すると、なんということか、いや、でも、必然か。自分の家の濡れ縁は、なんていうんでしょう、魚を焼く時の網みたいになっているんですよね。長方形の木の板が、隙間を空けつつ置いてあるんです。そのため、その隙間から下を見ると、土が見える訳です。その木の板と板との間に、またもやセミの抜け殻があったんですよ。もうびっくりしましてね。でも、そりゃ、ありますよね。卵を1つしか生まないってことはないですもん。もう慣れてるかな?とは思ったんですけれど、ダメでした。また1人でのたうち回っていました。それで濡れ縁から落下して地面にどーん。足の皮膚をやってしまいました。


もうなんだよ、意味が分からない、なんすかマジで、と思いつつ、でも、少し不思議に思うことがあったのです。それは、その木の板と板の間が、狭いということ。なので、そこにセミの抜け殻があったら、あれ、狭くて、羽化できなくね?と。狭すぎて、脱皮的なのできなくね?と。

それで、なんていうんでしょう、もう気合いを入れて、ううう、あひゃ、いがあえ、ぎj、うう、と声を漏らしながら近くで見て確認してみたんですよ。そしたら、案の序、何て言えばいいのか、なんかうん。脱皮的なのが上手くできていなかったんですね。腐っていました。ひからびていました。そんなバカな。それくらい分かるだろと。お前何のためにさ、何年間も土に籠っていたの?やっと、そこでも生き残って、こうやって、出てきた訳じゃない。なんで、最後の最後に、こう、凡ミスというかさ。


まあ、そんなもんなのかもしれません。セミも、人も。

抜け殻。抜け殻。抜け殻。

抜け殻ってね。抜け殻が本物の可能性もある訳です。現に、自分は抜け殻に殺されかけました。でもそれは、その抜け殻は、なんの抜け殻なんでしょうか。







さて、お勉強お勉強。勉強は楽しいです。大学の勉強は、大学の好きな勉強は、楽しいです。


抜け殻。抜け殻。










おわり
by hayashihiromu | 2013-07-23 17:52 | 普通

『SOCIETY OF MIND』-心の働きとは- 


課題でSOCIETY OF MINDという、認知科学系の英語の本の要約をやったんですが、これがまあ想像以上に大変‥。
そもそもあまり外国語は得意ではないので、うん‥。
英語はなぁ。1月に英検準1級取ろうと思って勉強していたら、申し込みするのを忘れて受験できず、そこからやる気なくなってふうぇ〜〜いって感じになっていたので、そのつけが一気にきまして、ああ、レベル下がったなー、と落ち込みました。語学はしっかり定期的にやらないとだめっすね。

ただ、このSOCIETY OF MINDという本、大変でしたが、面白いんですよ。
これは、心とは何だろう?心の働きってどういうものだろう?ということを考える本です。そして、心を考えることは、自己を考えることでもあります。自己とはなんだろう。
ああ、この心とは何か、自己とは何かとは、デカルトの「我思う、故に我あり」みたいなものではないです。デカルトは、何でもかんでも疑ってものを見たらなんかいいじゃね?かっこよくね?みたいな感じで自己の存在も疑った結果、この有名な言葉が出た訳です。本書で扱っているのは、心や自己を疑っているわけではなく、もっと心理学的といいますか、自己の役割やプロセスについて、心や自己はどういうものなのかについて書いているわけです。


この本では、『SOCIETY OF MIND』という題名の通り、心を社会だと捉えて、考えていきます。
心というものは、決して一つではなく、たくさんの小さな小さな単純なプロセスが集まって構成されているというのです。
そのプロセスの一つ一つを、ここでは「エージェント」と呼びます。「エージェント」とは、それ自体には知能はありません。一つ一つが、それぞれ単純で、一つしかない働きを持っているものです。

例えば、今自分はパソコンのキーボードを使って、文字を打っています。しかし、この文字を打つ、という一つの働きは、膨大な数の単純な役割を持つエージェントが相互に作用することで成されるものなのです。例えば、「見る」エージェント。「右人差し指を動かす」エージェント。「キーボードのボタンを押す」エージェント。等等等。このような単純な「エージェント」が膨大な数集まることで、今自分はこの文章を打っているんだよ、ということです。

本書では、積み木で遊ぶ子どもを例にして考えています。
子どもが積み木で遊ぶ際、「Builder」と呼ばれるエージェントが働いている。しかし、積み木を積む作業は、一つの「Builder」、つまり、「作る」という単純なエージェントだけでは成し得ません。積み木を「見つける」、「見る」、「手に入れる」、「掴む」、「置く」、「動かす」、「放す」、等の様々なエージェントが協力することにより、初めて成されるのです。ここではあまり説明しませんが、ここに様々な経験や、ルールなどが組合わさっていくことにより、よりしっかり動いていきます。

積み木を積む行為でさえこれです。だから例えば、コーヒーを飲みながら食パンを食べ、新聞を読みながら人と会話する、のような行動になったら、これはもう本当に凄いことになります。エージェントが皆さんの心の中で走り回っていますよ。あれです、想像しやすいように、エージェントをピクミンみたいな感じに思ってみましょう。やばい超かわいい。私達が上記のような行動をしている時、私達の心の中ではピクミンが走り回っているのです。ほう、へい、あわわ、ひゅーっ。ピクミン3のCMかわいいよね。

ここで、疑問に思いませんか?このような複雑なプロセスが相互に働きあって我々の動作が成り立っているわけですよね。でも私達はそのことを意識していない。ここで、「常識」という言葉が出て来るのです。

私達は成長していく過程で、技能の層を積み上げていきます。そして、いつしか下位層の技能は「わからなく」なり、常識は単純であるとみなしてしまうのです。しかし、本来の常識とは、今見て来た様に、様々なエージェントが協力し、様々なルール等の経験が重なった、まさに巨大な社会なのです。
 
 さらに、以上の説明の中で、不十分な点があります。それは、「Builder」というエージェントが、「どのように積み木を積むのかを知っている」のはなぜだろう、ということです。そもそも、エージェント自体には知能がないのにも関わらず、なぜBuilderは積めたのか。この疑問に答えるためには、エージェントたちがグループとしてどのように仕事を成し遂げるかについて、理解する必要があります。
 そこで本書では、エージェントの見方を、自分が何をしているのか知っている「エージェンシー」と、自分が何をしているか知らない「エージェント」の二つに分けていって議論が進められていきます。


こっからまた面白い議論が続いていくんですよ。今書いたのは前提の前提みたいなお話ですから。こっから、「エージェントが対立した時」「魂」「自己とは」「個人とは」「個性とは」等等を、「心の社会」というもので説明していきます。


また、実生活にも活きてきます。
例えば、怒った時、悲しい時、それらの感情が抑えきれなくなった時。すぐその場では無理かもしれませんが、それらの感情のエージェントを分析してみると、ものすごく冷静になれるばかりか、人のことがよくわかります。一体、この悲しいという感情は、どのような単純なエージェントが、どのような経験とルールの下で社会を形成した結果なのだろうか‥。こう考えるとね。意外と楽しいです。ただ、もっと悲しくなる可能性もあるので注意。
また、試験勉強する時に限って妙に他のことに集中してしまう、みたいなことも、本書の議論を応用して考えていけば、理解できます。理解できるということは、解決策を編み出せるということです。


それら諸々も書いていきたいのですが、いかんせん分量と時間が‥。
自分も試験勉強がやばいのでね。ただ、こうやって、気ままに文章書くのが息抜きなので、30分間だけ息抜きしちゃいましょうって感じでいつも書いているわけでございます。もう時間オーバー。
自分もSOCIETY OF MINDを全部読んだわけではないのです。課題が、全30章ある内の5章まででしたから。しかし、その5章がもう‥。初めの5章までは、前提を説明していく箇所です。後半になるにつれて具体的になりますからね。しかも外国の本って、紙のサイズがえぐいでしょ。なんであんなにでかいのよ。やめてよ。

だからなんか中途半端になっちゃった。機会があったらちょろっと書いてみたいなー。



まあ今回のとりあえずの結論を言えば、自分達の心はピクミンで出来てるんだよ、だからピクミンは大切なんだよ、だからピクミン3買おうね、そして誰か一緒にやろ、ということです。












おわり
by hayashihiromu | 2013-07-10 23:42 | 普通

七夕さま

いやー、七夕ですね〜。
自分には全く関係ないですけれど。
思い出も特に無いなぁー。

ということで、せっかくだから七夕のことについて色々調べてみようと思い、検索エンジンフルスロットルでうひゃあああああってやっていたのですが、気付いたらYouTubeにあった日本昔ばなしのループにはまっていました‥。

桃太郎とかね、超懐かしい。帰省するといつも見てたなぁ‥。
今見たら、演出とかなんだか笑っちゃうんですけどね。










これとかただのキチガイですからね。
なんだよこの最後。これ絶対作者途中で飽きて遊んだでしょ。あきらかにおかしいもん。
冒頭の「むっかーしむっかしのはっなしっだよ♪」から、あ、何かがおかしいな、とは思ってたんです。何かやらかすな、とは思っていたんです。

そしたら、まあ、見て頂いたら分かると思いますが、結末が、
いきなり山姥が乳を露出

乳で木をびたーん!びたーん!ってやりだす

「乳は切れても木は切れないっ!!乳は切れても木は切れないっ!!」っておじいさんが絶叫しだす

山姥の乳が千切れれて山姥号泣

それを見ていた山姥の子ども、茫然自失

っていうカオス。そんなバカな。アホでしょ。




いやいや、七夕です。七夕ですよ。七夕になんちゅう動画載っけてるんだ俺は。

いや、それというのも、七夕さまっていう日本昔話を見ていたんですよ。そしてら関連でぶわーっといっちゃったっていうあれです。


何をお願いしましょうか。
なんか詩を詠むのがならわしらしいですね。
まあ、でも、残念ながらそんな教養持ち合わせていないので、なんでしょうかねー。
いやでもね、真面目に、みんな幸せになりますようにって。それが一番ですよね。
世界中とまでは言わないし、日本中とまでも言わない。でも、自分のことを知ってくれている人、自分の知っている人が幸せになってくれれば、そしてそれが連鎖してくれれば、それが一番いいですよね。


法学部的にいうと、みんなが幸福追求権をしっかり行使できますようにー!です!以上!









おわり
by hayashihiromu | 2013-07-07 19:26 | 普通

7月

先月は、頻繁に更新してしまいました。
文章を書いていると落ち着く、というか、なんというか。
備忘録、でもないですけれど、後々振り返ってみたとき、なんか楽しそうですよね。まぁ、過去を見て楽しいって思えるような、良い思い出だったと捉えられるような、そんな未来があれば、だけれども。
何も見えない。まぁ、それが普通ってことは分かってますよ。見えたらやばいですどっか連れて行かれて研究対象にされますやだこわい。
そんな感じでぽんぽん書いていたら、知らぬ間にアクセス数が軽く4桁超えてきててびっくりしました。


コメント欄、また解禁してみようかな。
でも怖いからやめます。でもたまに解禁してるかも。

目指せ5桁!


リンゴジュースって中毒性がありますね。午前中だけで長い紙パックのリンゴジュース一つ消費してしまいました。
月曜は午後から大学なんでね。といっても、午前中も勉強勉強。勉強している間は、色々忘れられるからいいです。勉強心療法!知識も身に付きますしね。良いこと尽くめ!勉強心療法!
はぁ。なんてね、ですよ。そもそも勉強するまでの過程、集中するまでの過程ですよね。そこで色々思い出してダメになるのが普通です。前提から間違っています。

お尻が痛い。両サイドと尾てい骨みたいなのがずっと痛い。どこに行けば良いの?内科?皮膚科?肛門科ではないよね?










おわり
by hayashihiromu | 2013-07-01 12:09 | 普通

メモ帳

ダウンタウンさん、高須光聖さん、板尾創路さんを心から尊敬しております。

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