ヘンリーヘンリーズのギター担当。


by hayashihiromu

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ミャンマー紀行追憶記-6日目(最終日)- そうして、ミャンマーの出口に見えたものは

さてさてさてさて。
日記を元にした追憶記も、これで終わりです。最終回です。長かったですね。助長でしたね。

日記-6日目-
帰国するために、一旦ベトナムへ行く便が夜であり、午前中は暇だったため、今度はさらに奥深くダウンタウンを散策。前回潜入したところは、大通りに面したダウンタウンであったため、まだ活気はあった。しかし、今度はマジもんのダウンタウンに侵入してしまう。

この日は、夜の便でミャンマーからベトナムへ行き、深夜便で日本に帰る、というスケジュールでした。

昨日、タクシーのおっさん(名前はラッキー)にホテルまで連れて行ってくれている道中、明日は何時にチェックアウトだい?と聞かれたため、たしか5時だよ、と言うと、じゃあ4時に迎えに来てやるから、待ってな!と言われていたので、この日、4時まで暇でした。

あ、ラッキーの年齢って書いたかな?このおっさん、実は26歳だったんですよ。お兄さんだった訳です。でも見た目はおっさんなのでおっさんです。

4時まで暇だったわけですが、実は、この時点でお金がかなり底を尽きかけていたんですよね。思えば、ぼったくられすぎました。もうとにかくぼったくられすぎました。まあ、ぼったくりっていっても、安いし、まあいいかーという精神が、自分の残金=生命の源を削り続けてしまっていた訳です。

確か、残金は23000チャット(2000円くらい)と、25ドル、一万円札でした。一万円札は使えないため、23000チャットと25ドルが自分の生命の根源。ただ、空港までのタクシー代で15000チャットほど消える覚悟でいた、というか、ラッキーが毎回請求してきた額が15000チャットだったので、これも、初日20000チャット請求してきたのを、はぁ、高すぎでしょもうやだよおおおおって言ったら15000チャットにしてくれたものであり、そのため、8000チャットと25ドルが自分の生命の樹でした。

こうなってくると、もう下手に動くことはできないため、しかし、やはり満喫はしたい、そのため、最後は無計画に、というよりこの1人旅自体無計画だったのですが、徒歩でホテル周辺の街を歩き回ろうと決めた訳です。そのホテル周辺の街とは、マジもんのダウンタウンであったわけです。


日記-6日目-
自分は、どんなに臭くても、凄惨でも、それが現地の人々の日常なのであるから、決して顔をしかめたり、鼻をつまんだりしてはならない、という決め事をしていた。しかし、マジもんのダウンタウンに侵入したところ、臭いというよりも、鼻に刺激がきた瞬間に嗚咽が止まらなくなるというガス的なやばさが自分を襲ったため、考える暇もなくその決め事を破ってしまう。そこから体調が芳しくなくなり、早々にホテルに帰着。そこから寝込む。

念のため、カメラも財布も何もかもホテルに置き、パスポートを首から下げ、5000チャットだけポケットに入れて、朝、マジもんのダウンタウンへ潜入しました。

日記でも書いていた通り、今回ミャンマーで過ごすにあたって、決めていたことがありました。それは、どんなに臭くても、凄惨でも、それが現地の人々の日常なのであるから、決して顔をしかめたり、鼻をつまんだりしてはならない、というものです。やっぱり失礼です。実際に、前回街を散策した時も、なかなか強烈な臭いだったのですが、何食わぬ顔で歩けていました。

しかし、ここは違いました。もうすでに、え、ここって廃墟じゃないの?みたいなところへ進んで来てしまい、それでもふわーっと歩いていたら、突然鼻に刺激臭が。経験したことの無い、鼻にカーンときて、その瞬間に嗚咽が止まらなくなり、後から臭いが実感できる、という現象と遭遇。

そこからずっと嗚咽が止まらなくなり、でも、吐くことはなく、というより、この前の日の夜、あまりにもお金がないため、持って来ていたポッキー(荷物に潰されてボロボロになってた)を夜ご飯にして凌ぎ、そして朝も食べていなかったため、胃に何もなかったのでしょうね。

やっとの思いでホテルに帰り、そのまま3時間ほど寝込みました。


日記-6日目-
体調が回復し、ホテルの喫茶店でのんびり昼食。そしてフロントに戻ると「君、チェックアウト時刻2時間すぎているよ」といわれ、そんなの知らなかった自分が「え!」と叫んだ瞬間、受付の人、ベルボーイがなぜか爆笑する。直ぐにチェックアウトをするから許して!と懇願したら、爆笑しっぱなしの受付の人がそれを承諾。無事チェックアウト。


体調が回復すると、どうしたってお腹が空いてきます。もうここはしょうがないな、と思い、なけなしの8000チャットを持ってホテルの喫茶店へ。すると、意外と安く、日本食として売られていたカツうどんを食べました。お腹が満たされ、ふぇ〜い、ふひょ〜う、ふぇ〜いとダラダラ過ごし、自分の部屋を戻ろうとすると、ベルボーイに呼び止められました。


受付へ行け、と言われたので、行くと、受付の人に、あなたもうチェックアウトの時刻過ぎてますよ?と言われてしまいました。

こんなこと予想外ですし、もしそうだとして、追加料金を取られるようなことがあったら、所持金の無い自分は終わりです。そんなこんなも相俟って、自分の口から渾身の「え!!!!!!!!!」という言葉が出ました。

そうすると、なぜかミャンマー人のつぼにはまったらしく、ベルボーイと受付の人が大爆笑。めっちゃ笑われている中、どうしたらいいか分からずしばらく佇んでいたのですが、これはチャンスかな、と思い、今すぐ出るから許して!と懇願すると、「5分だけ待ってあげるわ」と笑いながら言われました。




日記-6日目-
チェックアウトしたものの、お金もあまり無いし、行くところもないので、かなり早めに空港に行くことに決める。実は、自分に付き纏ってきていたタクシーのおっさん(名前はラッキー)が送ってくれると言っていたのだけれども、その時刻までホテルのロビーでずっと待っているのも何だし、勝手に空港へ行くことに。ごめんよラッキー。そこで乗ったタクシーで料金を聞いてみると、ラッキーはかなりぼったくっていたことが判明。許さないよラッキー。何かミャンマーへ行く機会があった時、airportタクシーNo.004には気をつけて下さい。


これはもうしょうがないですよね。
だって、チェックアウトしたのが2時。ラッキーと待ち合わせている時間は4時。
お金ももうないし、いや、もうこれ空港行くでしょ。
ということで、2時間後にくるであろうラッキーを放置し、ホテルの外のタクシーに乗車。もちろん、自分も血の通った人間である故、多少申し訳ない、ごめんね、ラッキー、という気持ちはありました。ただ、もうタクシーには乗ってしまったため、そこで、運転手のおじいさんに、いくらですか、と聞いてみると、返ってきた返事は10000チャット。
10000チャット。
今までラッキーから請求されていた額、15000チャット。
最初にラッキーから請求された額、20000チャット。

おいラッキー。
これ最後いくら俺からむしり取るつもりだったんだ。

ちょっと後悔しているのは、ラッキー、日本人に対してあたりキツくなるんじゃない?ということ。皆さん、気をつけてください。


日記-6日目-
空港について、時間があったのでお土産を物色。そこでミャンマーのお菓子を購入。が、値段を間違え、その時持っていたドルを全て失う。そこから、のどの渇きと飢えとの戦いに突入。また、運悪く、お腹の爆弾が爆発。空港の、本当に、本当に汚いトイレでうんこをすることに。しかし、こんなこともあろうかと、大量の便座カバーを持っていっていたため、なんとかできる状態に。嗚咽と涙と喉の乾きと飢えに耐えながらうんこをする。釈迦になれた気がした。


もうこれはそのままです。
かなり早めに空港についてしまって、そして、チェックインするまで何もないんですよ。なので、まずはずっとマリオカートをしていました。

チェックインすると、お土産屋さんや飲食店があるのですが、いかんせん自分にはお金が無い。それでもお土産は買わないと!と思い、物色し、そこそこリーズナブルにそろえ、チャットはほぼ使いきり、5ドルも使いました。残金、20ドル。ベトナムでも待ち時間が長いため、その時の飲み物代にしようかなーなんて思っていると、ミャンマーのお菓子が売っているのを発見。ドルでもオッケーだということで、店員さんの話しを聞き、自分は、確実に10ドルのお菓子を買いました。しかし、提示された額は20ドル。どうやら、1つ10ドルの品を2つセットで売っていたらしいのです。そんなもん聞いていないし、知らんがな、と思ったのですが、何も言えず20ドルを渡してしまいました。

まあ、この時は、それでもなんとかなるかな、と思っていたのです。
結果、なんとかなりませんでした。

当たり前ですよ。だってお金無いんですもん。

時間は19時。喫茶店で飲み食いして以降、何も口にはいれていません。
強烈な喉の乾き、そして空腹が自分を襲います。
もうやばいですね。水飲んで歩いている人とかに、飛びかかりそうになりましたもん。
それでも、飛行機に入れば、なんとかなる、がんばれ、がんばれ、と耐えていたところ、なんとここで強烈な爆弾がお腹で爆発しました。

今まで、決して食あたりなどはありませんでした。うんこをする時は、ホテルのトイレレベル5強のトレでしていたため、ミャンマーに行く前の不安が実現することはありませんでした。

しかし、最後の最後、ここできたのです。
絶望ですよ。とりあえず、トイレまで行くと、もう凄惨。そう、凄惨。地獄とは、多分あれのことを言うんですね。

後悔しました。こんなことなら、きったない公衆便所でうんこをしておけばよかった。近所の公園で野グソをしておけばよかった。それで慣れておけば。

でも、もうお腹は爆発しているんです。爆発しっぱなしなんです。
漏らす訳にはいかないので、ここで、自分の秘密兵器を出しました。
それが、携帯用便座カバー+除菌セットです。自分は、携帯用便座カバーを30枚持って行っていました。とうとう使わなかったのですが、ここでその役目がきた訳です。

まず除菌を取りだし、便座を入念に拭きました。この時点で嗚咽と涙が止まらなくて、もう、悲しくて、悲しくて、だって、何がどうなったらミャンマー人のうんこ掃除することになるんですか?いや、日本人のうんこだったらいいとかそういう訳ではないですけれども、でも、例えば、身内や友達のうんこだったら掃除できるけれども、見ず知らずのおっさんのうんこは掃除できないでしょ?そういう感じですよ。それのグローバルバージョンですよ。うんこを清掃する業界にも、もうグローバリゼーションの波は押し寄せてきているわけです。

もう、なんだか悲しくてね。涙が止まらなかったのですが、それでも、自分がうんこをするためにはしょうがないわけで、必死で、もう何枚も重ねて、除菌シートで除菌しました。そのあと、便座カバーを10枚ほど取りだし、便座に置き、自分のお尻をその上に乗せました。

たくさん除菌し、便座カバー10枚重ねですから、たぶん大丈夫でしょう。でも、もう本当に、お尻を便座カバーに乗っけた、その刹那、さっきまでの凄惨たる情景が頭をかすめ、また嗚咽と涙が溢れ出てきました。さらに、飢えているわけです。空きっ腹の嗚咽も、またきついですよ。そして、喉が乾いてからっからなわけです。だから、嗚咽の度に、喉が痛いんです。そして、嗚咽するために喉が乾燥し、さらなる嗚咽が。そして、もちろん鼻では決して息はできないですから、息苦しさに耐え、それでも時節嗚咽する度に入る、なんといえばいいのか、臭いのせいで重量が重くなったような空気を吸い込み、その感覚でまた嗚咽と涙。

嗚呼、地獄。ここが、地獄。一体自分は何をしたのか。何をしたら、ミャンマー人のうんこを掃除することになるのか。そして、そのトイレで嗚咽と飢えと涙と乾きに耐えながら、腹痛と戦わねばならないことになるのか。まあ、そういうレベルのことをしたのでしょう。これは罰です。罰なのです。ごめんなさい。ごめんなさい。もう、あれほどの苦しみは無いです。

30分ほど格闘し、精魂尽き果て、トイレから出たときの僕は、多分、辛すぎてパンチパーマになっていたと思います。身も心も釈迦になっていたと思います。というか、釈迦をずっと見ていました。完全に見えていました。そして、釈迦も自分のことを見てきました。目が合いました。
ミャンマーの出口で、自分は、釈迦と目線が合いました。
たぶん、あの一瞬は、皆、自分のことを仏陀と評してくれたと思います。
そして、ゆっくりと、搭乗口へと向かい、ミャンマーの地を離れた訳です。



こうして、こうして、六日間に渡る、ミャンマー1人旅が完結しました。






はい、ということで、日記をもとにしたミャンマー追憶記が終わったわけであります。くっそ助長な文章を書いてしまいましたが、というか自分も途中から飽きてきてしまっていたのですが、ということは皆さん飽きられていたと思うのですが、まあ、少しでもミャンマーの雰囲気が伝わっていればな、と思っている所存です。

ミャンマー、そこそこいいところですから。一度行ってみたらどうでしょう。損はしないです。そもそもが安いですし。

ただ、自分はことごとく天気に恵まれていたため、というか、怖いくらい恵まれていたため、もし、雨ばっかとかだったらしんどかっただろうな、と。そこばっかりは運なのでね。

後日、気が向いたらミャンマーのお食事を紹介してみたいと思います。
写真もちょくちょくあげます。




次は、一緒に行こうね。








ではでは、ありがとうございましたー!!
















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おわり
by hayashihiromu | 2013-09-30 17:57 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-5日目- バガン遺跡、その先に待っていたのは

これ、バガンのガソリンスタンドらしいです。
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ペットボトルに入っているものがガソリンだとか。衝撃。



日記-5日目-
午前中、また馬車をチャーターし、昨日とは別方向のバガン遺跡へ。ここでは、自分が遺跡に降り立つ度に、子供達が色々物を売りにきた。本当にしつこく来るので、なんだか可哀想になり、顔面が4つある変な小さな土器っぽいものを10ドルで購入。馬車のおっさんにそのことを話したら、「は?それが10ドルとか高すぎでしょ。君ぼったくられてるよ何してんの?2000円で頑張ってる俺の身にもなってくれよ」的なことを言われた。ごめんなさい。


この日は、夕方の飛行機でヤンゴンへ帰る予定だったため、それまでの時間を観光に費やすことに。結果から言って、バガンは3日以上の滞在がベストだと思います。1日目は、馬車でもタクシーでもバイクでもいいので、現地の人に有名なところを案内してもらう。2日目は、自転車か原付で、自分達だけで探検。そんで3日目に帰る、みたいな。

自分は2日間だけでしたが、まあ、それでも満足はできました。
この日は、前日とは違う方向へと馬車を走らせてもらいました。天気は少し曇っていたため、涼しくてよかったです。

この方向には、子ども達がたくさんいました。
人が住んでいるところが近かったんですかね。学校もありました。
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この学校は、午前に1つ授業をやり、一旦家に帰宅。そして午後にまた登校し、授業を1つ受ける、というものらしいです。いや、やっぱり教育って重要ですね。日本には感謝しないといけませんなーと思いました。

そんなわけで、遺跡にも子どもがたくさんいました。ものを売って来る子どもが。
ちょっと辛かったですねー。必死で売ってきますから。また、なんか小さい子どもが描いた、すごい下手くそな絵なんかを、「これ私が描いたんだ!」とこられると、泣きそうになります。さすがにそれは買わなかったですけれども。

基本的には買わなかったのですが、あまりにもしつこい男の子がいまして、それがなんか、顔面が4つ張り付いた小さな彫刻みたいなやつで、これ一体なんだよ、いらねぇよ、って感じだったのですが、「トモダチ!ヤスイ!」を連呼してくる訳ですよ。結構片言の日本語喋る人がいるんですよね。「トモダチ!ヤスイ!カウ!」と連呼されて、え、マジで?友達なの?本当にそれ言ってるの?こんな腐って中身に虫が湧いたアップルパイみたいな自分と君が友達なの?え?マジで?マジなの?おっと話しが変わってきたよ、となり、話しに乗ってしまいました。どうやら、本来15ドルのものを、自分は彼と友達だから、10ドルで売ってくれるというのです。友達っていいね。うれしいね。

それでも、やっぱりどこか疑わしく、自分は「友達?」と聞いてしまいました。すると、その少年が即答で「トモダチ!」と言ってくれたので、ああ、なんて野暮な質問をしてしまったんだ、友達に友達かどうか聞くなんて、そんなことしちゃあダメですよね、自分達は友達なんだよね、やった、異国の地で友達ができたよ!と歓喜し、その分けの分からない物体を10ドルで購入しました。

遺跡から馬車に戻って来ると、馬車のお兄さんが「遅かったね、何してたの」と自分に聞いてきたので、これ10ドルで買ってた、といって例の物体を取りだすと、「は?それが10ドルとか高すぎでしょ。君ぼったくられてるよ何してんの?2000円で頑張ってる俺の身にもなってくれよ」的なことを言われてしまいました。友達が1人減りました。

日記-5日目-
真っ暗な遺跡の中に潜入。ボランティアで道案内してくれている少年が、不意に天井をライトで照らし、見て、と言う。なんだろう、と思い天井を見上げると、ビッシリとこうもりが張り付いていた。なんだかきーきーうるさいな、と思ったらこいつらだったのか、と思った刹那、そのあまりの気持ち悪さに発狂してしまい、持っていたペットボトルを紀元前からある遺跡の中でぶちまける。少年に本気で引かれ、そこから心無しか距離をもたれる。


遺跡が集まっているところがあり、そこをふらふら歩いていると、少年が一人ものを売りにきました。バガンの遺跡では、ボランティアで道案内や説明をしてくれる人がたまにいます。最後に、自分の店の商品を見せてくるのですが、「別に買わなくてもいいから」を連呼してきて、たぶん外国の方なので、本当に買わなくてもいいからそんなことを言っているのでしょうが、自分からしたら無言の強制というか、ボランティアの義理というか、そんなので結局買ってしまう訳です。

ここでは、そのボランティアの人が見当たらなかったため、ちょうど近づいてきた少年に道案内を頼んでみました。商品買ってあげるよ、あと、これ(虫除けバンド)もあげるよ、というと、了承。現地の子どもは身に付けているものを欲しがりますねー。パーカーや腕時計をはぎ取られそうになりました。でも、代わりに余っていた虫除けやポケットティッシュをあげたら、それでも喜んでくれたため、よかったです。

そんなわけで、少年に案内や説明をしてもらっていたのですが、途中、暗い遺跡の中へ入ると、きーきーという音が自分を包みました。なんだかうるさいな、とは思っていたのですが、そこまで気にせず、普通に少年の後ろについて歩いていると‥‥。日記のような悲劇が起こってしまったわけです。それまで比較的懐いてくれていた少年の、あのドン引きした顔は忘れられません。ごめんね。でも、天井にびっしりと張り付いたコウモリは、だめでしょ。普通にだめでしょ。


日記-5日目-
午後、空港に着いた直後にスコール。俺が観光し終えるのを待っていてくれてたんだね。ありがとうバガン。

そんなこんなで観光が終わり、いよいよバガン出立へ。
空港へ向かうタクシーに乗ると、昨日のフロントの女の子が外まで出てきて、ずっと見送ってくれました。空港に到着すると、その直後に経験したことがないようなスコールが。自分が空港に着いた直後にこれって、、、。バガン、ありがとう!!


日記-5日目-
ヤンゴンに到着すると、初日、俺からタクシー代をぼったくり、2日目、謎の本気を出してヤンゴン市内全てに連れて行ってくれたおっさん(名前はラッキー)がなぜか俺を待ち構えていた。こわかった。

車内でおっさんに、「バガンはめっちゃ暑かったよー」と言ったら、何をどう思ったのか、はたまた聞き間違えたのか、車内の冷房を最大にされる。まるで吹雪。さらに、全て俺の顔面にくるように風を調節されてしまい、目が開けられなくなる。しかし、一応善意でやってくれているため、何も言えなかった。



夜、ヤンゴンの空港へ着き、さて、これからどうするか‥と思ってゲートを出ると、あれ、なんかこのおっさん見たことあるな、えーっと、あれ、なんかめっちゃ笑顔なんだけど、え、なんか自分のことめっちゃ見てるんだけど、手を振り始めたんですけれども、え、何、何、と恐怖を感じたところで思い出しました。ラッキーです。

いや、思い出したところでやっぱり怖いよ‥。たしかに、この日にヤンゴンに帰って来るとは言ったけど、言ったけどさ‥。まさかずっと待ってたの‥?いや、嬉しいよ、嬉しいけど、でも怖いよ‥。

バガン遺跡、その先に自分を待っていたのは、おっさんでした。





はい、バガンが終わりました。
ここは、本当にいいところでした。馬車が気持ちいい。なんだか、別の星に来ているような、そんな感覚を、本当に覚えました。悪いことなんて、この世にはないんじゃないかな、と錯覚してしまうほど、のどかで、気持ちがよくて、それでいて、歴史が重い。いいですね。いいですね。

また訪れたいです。


あ、ちなみに、自分を案内してくれた馬車のおっさんはこの人。
この写真を見せると、馬車代が安くなるそうです。
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つづく
by hayashihiromu | 2013-09-28 20:26 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-4日目- 夕日に照らされた遺跡は、やはり遺跡なのか、はたまた自分の心なのか

いつまでやってんだって話しですが、まあ、せっかくなんで。

そもそもバガンとはどういうところなのか。
何度も述べていますが、アンコールワット、ボロブドゥールと並び、世界三大仏教遺跡と称されている地で、この地域一帯には、11世紀から13世紀に建てられた寺院が約3000を超えると言われています。
当時のバガンは、最初のビルマ統一王朝であるパガン朝の都であったらしいです。古都ですね古都。
カンボジアのアンコール朝をはじめ、様々な国の人が集まり、仏教研究が盛んに行われていたらいしいです。(Wikipedia参照)


日記-4日目-
夕方、時間が余ったため、原付を借り、夕陽に染まる遺跡の中を爆走。途中、ミャンマーの少年達に並走され、そこからツーリング開始。夕焼けに照らされた遺跡は、それはもう、綺麗で、本当に綺麗で、ただただ、綺麗で。犬の遠吠え、飛び交うビルマ語、砂の匂い、紅い空気、散らばった歴史、そんな中を心地よい風を受けながら走ると、自分がここにいないような、別の星にきたような、そんな気分になった。こんな感じでアホみたいに感傷に浸っていると、オカリナを落とした。オカリナ、紛失。


馬車旅が終わり、ホテルに着いた時点で、たしか4時頃だったと思います。早起きで少し疲れていたため、少しホテルの部屋で休憩。けれども、1時間ほど仮眠を取ると、あっという間に疲れがとれました。ホテルの外に出てみると、太陽が少し傾いてきていたため、ああ、夕日の中でバガン遺跡を見れたなら、それはもう綺麗だろうな‥。と思っていると、すぐそばに原付が何台か置いてあることを発見しました。

そういえば、外国人が自転車や原付に乗りながら遺跡を巡っていたな、ひょっとして、これって借りれるのかな‥‥?とその原付の周りをぐるぐる周りながら考えていると、同い年くらいのフロントの女の子が出てきて、「乗りたい?1時間1500チャットなのを1000チャットにするから乗りなよ!」と言ってくれました。

ちなみに、このバガンのホテルの女の子、ちょっとした勘違いから、自分に凄く優しくなったというか「あなたのためになんでもするわ!」的なことを言われてしまうに至ったのですが、それはまた機会があったらということで。

というのもなんなんで、軽く触れると、仮眠が終わり、ホテルの外に出たとき、ふと、ホテルの玄関のガラスに反射している自分を見て、「あれ?おれ今ワイルドなんじゃない?」と思ってしまったわけです。「あれ?あれれ?おれ今ワイルドでムキムキなんじゃない?ねえ、これムキムキでしょ絶対これねえねえ」と思ってしまい、何枚かその映る自分を写真に収めるという背筋の凍るようなクソみたいなきっもちのわるい行動をしてしまいまして、まあ、その写真がこれなんですけれども、
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ね、案の定がりがりなわけで、見るに耐えない訳で、ちょっとかっこつけた感じがさらに痛々しいというか気持ちの悪いゴミクズ感満載で、っていうかそもそも小さくてよくわからんのですが、ちょっとこれから話し繋げるための証拠写真として載せてる的なあれなので、我慢してほしいのですが、いや、もうたぶん色々とテンション上がっていて頭おかしかったのでしょうね。でもその時は何も気付かず、「ああ、やっぱりおれワイルドになってるわこれ‥。とうとうワイルドになっちゃったよもうどうしようこれまいったなもうムキムキになってしまっている所存でございますよこれ」って感じでその場で撮った写真を見ていました。
すると、フロントにいた同い年くらいの女の子が出てきて、「写真を見せて」というわけですよ。こっちはなんかもう人見知りな上に、さらに女性となるともう自分とは別の生命体という認識になってしまっているので、というのも高校時代、人とほぼ会話を交わさない生活を送っていたのですが、特に異性の方々との高校三年間での総会話時間は多分20分にも満たないレベルであると思うので、そもそも自分の文化にないんですよ。完全な共学でしたけどね。
っていうかそもそも写真見せて、とか意味が分からなかったので、拒否すると、「私のこと撮っていたでしょ?」という訳です。

上記の写真を撮っていたとき、この写真では分からないのですが、このガラスの後ろでその子がいたんですって。そんで、自分が何枚もガラス越しにその子を撮っている、という感じになってしまっていたみたいです。あ、これこの子ちょっと勘違いしているな‥とそれに気づいたものの、さすがにガラスに映る自分を撮っていた、みたいな吐きそうな言葉言えるわけないじゃないですか。だから「ごめんね、消すよ」と言おうとしたのですが、「まあいいわ、大事にしてね、ここにいる間、なんでも言ってね!あなたのためならなんでもするわ!」的なことを言われてしまった訳です。

その後、まあいいや、と思い原付周りをうろちょろしていたら、その子がまた出てきて、原付レンタル料をまけてもらったのです。そこはただじゃないんだ。


そこから、古都、バガンを原付で走り回る旅に出立しました。
本当に気持ちがいい。
自分は、もう普通免許を持っていますが、原付にはまだ乗ったことが無かったのです。初めてでしたが、持ち前のセンスと運動神経と筋肉の塊でなんとか乗れました。ただ、安全運転を心がけていたので、もう後ろから鳴らされる鳴らされる。っていうか、ミャンマー人にとってのクラクションって、なんだろ、もうコミュニケーションなんですよ。とりあえず他の車やバイクを見かけたらクラクション、邪魔じゃなくてもクラクション、みたいにね。でも自分は完全に邪魔だったと思います。
途中、自転車に乗った小学生くらいのミャンマー少年軍団に並走されました。なんかビルマ語で言ってましたが、何も分からないので、とりあえずずっとにこにこしていると、途中から何も言わなくなりました。でも、ちょっと有名な遺跡まで連れて行ってもらえて、嬉しかったです。もうそこさっきの馬車旅で行ったところだけど。

でも、なんだか、こんなに気持ちのいいことがあるんだな、っていうくらい気持ちよかったです。ほどよい暖かさと、柔らかくて気持ちのいい風を全身に浴び、左右にはどこまでも広がる草原と、夕日に照らされた遺跡。ああ、もう、本当に気持ちがいい。自然と笑みが零れてきて、大声を出してみたくなって。すれ違う人皆に挨拶したくなって。こんにちはー、元気ですかー、気持ちいいですねー、楽しいですねー、楽しんで下さいねー、あ、こんにちはー‥‥。欧米の人は、向こうからにこっと笑ってくれるので、余計に気持ちいいなー、いいなー、ここはどこなんだろう、ここはどこなんだろう、ってなってしまいました。途中、原付を小さな遺跡の前に止め、その中に入り、オカリナを吹きました。時の神殿にワープしそうな、嵐がきそうな、エポナがきそうな、壮大な物語が始まりそうな、そんな曲を吹いて、また原付に乗り、あー、気持ちいいなーとなり、また、原付を止め、小さな遺跡に入り、オカリナを吹こうと思ったらオカリナが消えていた。

ポケットに入れていたので、多分走っている最中に落としちゃったんですよ‥‥。ああ。せっかく買って練習してたのに‥。

その後、元来た道を辿って、オカリナを探しましたが、とうとう見つかりませんでした。





ミャンマー滞在4日目にして、古都、バガンで、オカリナ、紛失。









日記-4日目-
ホテルに戻り、外のベンチでまったりしていると、客待ちのバイク乗りのおっさんが話しかけてきた。そこから30分ほど談笑。このおっさん、彼女が10人いるらしい。自分の持っていたiPadに興味心身で、感嘆しながらペタペタしていた。値段を尋ねられたため、教えると、顔面が蒼白に。ミャンマーの平均月収は約9000円。まぁ観光客相手の商売は儲かると思うんだけどね。外国の通貨を集めるのが趣味ということで、野口さんをあげた。約10ドルだよ、というと、拝まれた。なんだか失礼なことをしたように感じた。



ミャンマーの人からしたら、自分はそこそこらしいですね。ヤンゴンでのタクシーのおっさん(名前はラッキー)にも、このバイク乗りのおっさんにも、「君は何人ガールフレンドがいるの?」とにたにた笑いながら聞かれました。まあ、ただ、生憎自分は肥溜めの奥深くに沈んだビニール傘レベルで存在価値の無いどころか人畜有害な人間であり、ここは空気を読んで「20人さ!」とか言えればいいんですけれども、残念ながらそんなことも言えないレベルな人間なもんで、何も答えないでいると、向こうが今度は12?10?5?とかなぜか当てにこうようとしてきてしまい、そこでまた適当に頷いておけばいいものの、そこまで思考が回らないほど頭の中まで引きつってしまっており、最後はぼそっと自分から「0‥」というと、おっさんは「またまたー」というのですが、それでも引きつりながら黙っていると、おっさんが急に悲しそうな顔になり、「I don't believe‥」と、なんか、なんでそんなことも言ってくれないの?みたいな、たしかにさ、俺らは住んでいる国は違うし、育った環境も違う、でも、それはさ、やっぱり全ての男の共通の話題じゃん、それすらも拒否して言ってくれないって、ああ、そうですか‥みたいなそんな悲しい声を発せられるという悲劇を、結局3人の別々のおっさんに対して3回繰り返してしまいました。
っていうかミャンマーのおっさんの女性事情が酷すぎでしょ‥。タクシーのおっさん(名前はラッキー)も2人か3人いるっていってたし、どうなっているんだ‥。なんか、ステータスにしてる感じが腹立つというか、そんなんじゃないだろうと。

まぁ、軽い社交辞令だと思っておきましょう。




そんなこんなでバガン1日目は終わりました。残すところあと2日分。さらっと書きますので、はい。




夕日の一番良いときは、カメラで撮るの忘れて見入ってしまっていたため、残念ながらないのです‥。まぁ、それにしても写真下手だなー‥。今度は純を背負って行きましょうか。
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つづく
by hayashihiromu | 2013-09-28 00:00 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-4日目- 馬車で巡るバガン遺跡

4日目-日記-
2000円で馬車を一日チャーターすることに成功。馬車に乗り、バガン遺跡巡りへ。騎手?の人が非常に親切で、楽しかった。引いてくれた馬に、『時のオカリナ』のエポナの歌をオカリナで吹いてみた。無反応だった。バガン遺跡、荘厳。すごい。

部屋に荷物を置くと、なんだか少し疲れている気がしたため、すぐに観光に向かうのではなく、ホテルの玄関らへんのところで、朝の光とほどよい暑さ、心地よい風の中、まったりしていました。

ふわーっとしていると、一人のおっさんが近づいてきました。
そして、
「どこからきたの?」
「日本ですよ」
「オオ、ニホンデスカ、バシャッ、ノル?ダイジョブ、バシャッ、ウマ、ノル?」

と、片言の日本語で言ってきた訳です。

地球の歩き方にも、バガン遺跡は馬車で回って見るのもいいですよーって書かれていたため、元々馬車に乗ってみたいなーと思っていたのです。なので、即答で「ノル!」と言いました。

ただ、心配だったのが料金。1日チャーター的なのですから、そして馬車ですから、結構高いのではないかと。
実は、この時点でお金が結構減っていたのです。
というのも、初日のタクシーのおっさん(名前はラッキー)にぼったくられ、昼飯を奢らされ、3日目に一人でヤンゴン市内を巡ったときにも3回くらいタクシーに乗ったのですが、そこでもことごとくぼったくられ、屋台でもぼったくられ、少年3人にかつあげされ、すでに手持ちが6万チャットくらいしかなくなっていたわけです。もともと25万チャットくらい持っていたはずなんですけどね。物価が安いため、まあぼったくられてもいいかなーと思っていたのが仇でした。無くなり過ぎでしょ。ちょっと自分に絶望しましたね。豪遊なんて一切していないのに、いつの間にか19万チャット消えているという。ただ、最初はめっちゃ札束持っていましたから、少し調子に乗っていた感はありましたね。ホテルで世話してくれたおっさんに、「チップだよ!」と1万チャットくらい渡していましたから。アホですよね。そもそもチップという文化はアメリカにしかない、という衝撃の事実をしったのは帰国してからでした‥‥。

そんなわけで、高かったら乗れないんだ、少し安くしてくれないかな、と馬車のおっさんに言ってみると、「20000チャット(約2000円)でいいよ!」と言ってくれました。
チャットは6万くらいでしたけれども、ドルはまだ25ドルほどあったので、これはいい、ありがとう馬車のおっさん、とその値で手を打ちました。

この晩、バイク乗りのおっさんと談笑していたのですが、そこでこの値段を言ってみると、「なにそれめちゃくちゃ安いね。逆にこわいよ」と言うほどだったので、この馬車のおっさん、めっちゃ良い人です。

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そして、馬車の荷台で寝っ転がりながら、バガン遺跡を巡る旅に出立しました。

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なんかすみませんね。写真下手すぎて笑っちゃいますよ。
こんな感じで、バガンという地域の至る所に遺跡があります。しかも、これらはただの観光資源ではなく、実際に現地の人がお祈り的なのにくる、現役の宗教施設なのです。

中はこんな感じの仏像があります。ヤンゴンにあるものとは少し違い、日本人にとってはこっちの方が合うんじゃないかな、って感じの仏像です。
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これはちょっとデジカメの設定ミスってこんな感じになってしまいました‥。
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かわいい
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ちなみに、このお坊さんが身に付けている布は、日本製が多いらしいです。なぜかというと、日本がお坊さんのために、虫除け成分の入った糸でこの布を作っているからなんですって。お坊さんは殺生したらダメじゃないですか。だから、蚊が飛んできても追い払うことしかできない。そこで、日本企業が、そもそも服にちゃんとした虫除け機能があれば解決じゃない?ということで作っているらしいです。おもしろい。


バガンに到着したのが朝だったので、午前中から遺跡巡りの旅に出ました。すると、だんだん日が昇って来るにつれて、もうめちゃくちゃ暑くなってきたわけです。しかし、馬車に乗っていると、荷台には日除けがあり、本当に気持ちがいい向かい風がそよそよひゅーひゅーくるので、そこまで気になりませんでした。ただ、自分を引いてくれている馬です。馬がだんだん本当にかわいそうになってきまして。そもそも、自分が乗っている馬車の馬は、時たますれ違う他の馬車の馬よりも、明らかによぼよぼだったんですよね。初っ端から、なんだか申し訳ないな、とは思っていたのですが、ここは割り切ろう、と思い気にしないようにしていました。しかし、暑くなって来ると、どうしても申し訳なくなってきます。

しかし、じゃあ降りるか、というと、ここで降りてもホテルまで歩いては帰れない距離。かなり心が痛くなりました。そこで、思い出したのです。今自分がオカリナを持っているということを。ミャンマー出発前に、オカリナのことを書いていたと思いますが、まだこのとき一回もオカリナを吹いていませんでした。そこで、チャンスは今しかない!ここで時のオカリナのエポナのうたを吹いてみよう!もしかしたら馬のテンションが上がるかもしれない!と思ったわけです。

そう思ってから、次の遺跡の場所に着き、馬車を降りると、馬の前に行ってエポナのうたを吹きました。とてもよく吹けていたと思います。しかし、吹いている最中ちらっちらっと馬の様子を伺っても、無反応。吹き終わり、何かアクションあるかな、と馬の前にしばらく立っていても無反応。しばらく気まずい沈黙が続いた後、自分は何事もなかったのかのように遺跡の中に入っていきました。そりゃ、そうですよね。うん。自分が悪かったよ‥。

ごめんね、でもありがとう。馬さん。
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そんなこんなで、馬車で巡る旅は一旦終わりを告げました。
帰り、夕方になって、また少し涼しくなった風、あったかい光に包まれ、そして、ことこと揺れる馬車の荷台のクッションの上でごろん、と横になっていると、いつの間にか寝てしまっていました。
なぜかホテルについたとき、馬車のおっさんに爆笑されてしまいましたが、こうして本日の馬車旅は終わった訳です。


しかし、この日はまだ終わりません。
この後、ホテルで原付を借りれることが判明したため、夕焼けバガンを原付で走り回りました。そのことは、また次回で〜。

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by hayashihiromu | 2013-09-20 12:45 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-4日目- 荘厳たるバガン遺跡の入り口は

4日目-日記-
朝3時半に起きて、空港へ。朝一の便でバガンへと飛ぶ。空港の待合室にて、日本人団体ツアー客を発見。声をかけてみようかな、と思ったけれど、あ、はい、え、それでなんですか?みたいな反応されたらその場で泣いちゃうから、断念。しかし、久しぶりに日本語で人と話したかったため、そのツアー客周辺で地球の歩き方を読んでみた。表紙をよく見えるようにした。しかし、気づかれなかった。

この日はバガン遺跡のある地へ飛び立つために、朝3時30分に起きました。ホテルから出ようとした時、なんとフロントの人がお弁当を渡してくれました。サンドイッチとゆで卵とジュース。めっちゃありがたかったです。

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早めに空港に着く様にしていたので、待ち時間が結構ありました。お弁当も食べ終わり、マリオカートをしながら時間を潰していると、日本人の団体がやってきました。年は自分より少し上で、20代前半って感じの人たち。久しぶりに聞く日本語に、少しテンションも上がる訳です。あーできれば少しだけ話したいなーなんて夢みたいなことを思ってましたが、そんな勇気はありません。逆に、こういう時の日本人ってすごい冷たそうですもんね。

そのため、これは自分から行くのではなく、相手に発見されちゃおうと思ったのです。ミャンマーに一人で来ているガリガリな若者ってなんか珍しがられるかなと。そこで、地球の歩き方を、表紙がよく見えるようにして読んでみたわけですよ。まぁ気付かれないですよね。そのうち、ガイドの人が「皆さんのチケット配布しまーす」ってやってきて、なんだかいいなぁーって。羨ましいなーって。こっちは一人で受付の人と時間掛かりながらドキドキしながら不安になりながらやりとりして、でもその苦労なんてないんだろ!ふん!何がツアーだ!甘えやがって!と一番思ってはいけないアホの極みみたいなことを思ってしまい、そんな自分に余計悲しくなりました。

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日記-4日目-
バガンへ到着しタクシー乗り場へ向かうと、東アジア系の人が声をかけてきて、タクシーをシェアしようと言ってきた。承諾して乗り込むと、その人はタクシーの中で、自分は日本人だと言った。そうしたら幸か不幸か、運転手が日本語を囓っていたため、色々日本語でその人に話しかけた。運転手さん、全部シカトされていた。かわいそうだった。運転手さん、そこそこ日本語上手かったよ、自信もってね。

飛行機に乗って1時間30分ほどすると、バガン遺跡が見えてきました。
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写真ではよく分かりませんが、飛行機からの景色は、それはもう見事なものでした。朝日に照らされたバガン遺跡が、至る所に点在しているわけです。なんだか、おもちゃの模型を見ているような、そんな現実離れした景色でした。遺跡を上から見ると、本当に不思議です。

飛行機から降り、なんとか荷物を受け取り、空港から出ようとすると、東アジア系のぽっちゃりしたおっさんが英語で話しかけてきました。一瞬日本人かな、と思い、その時手に持っていた地球の歩き方をさりげなく目線にかざすようにしてみましたが、反応が無かったため、きっと中国か韓国の人なんだろうな、と思いました。

「君、ホテルは取っているの?」
「はい、とっていますよ」
「それって一泊いくらよ」
「ネットで取ったので、正確な値段はわかりませんが、だいたい20~30ドルくらいですねー」

とここまで言うと、その東アジア系の人は20~30ドル‥と悩み始めました。
そこで、一瞬「シェアしない?」と言われました。自分はそんなこと予想外ですし、しらない外国人のおっさんと同室とかありえないので、思わず「は?」と微妙な表情で聞き返し、「ルームシェアはちょと厳しいですね」と言うと、「いやいやいや、何言ってるの、タクシーをシェアしようと言ったんだよー!hahahaha自分もそのホテルにするからさーhahahahahahaha!!」みたいな感じできたので、ああ、なんだ、自分の早とちりか、ごめんね〜、一人旅でちょっと不安だったから〜と謝ると、「hahaha気にしないよ!」と気さくに言ってくれたので、一緒にタクシーに乗り込んだ訳です。

一緒にタクシーに乗り、行き先をタクシーのお兄さんに告げました。するとお兄さんは自分達に英語で「何処から来たのー?」と尋ねてきました。自分も、そのおっさんの出身国をまだ聞いていなかったため、どこからきたんだろうと思っていると、即答で「Japan!コンニーチワー!!」と元気一杯に言いました。

まさかの答えです。一瞬頭がふわっとなりました。何言ってるのこのおっさん。全然こんにちは言えてないじゃん。

すると、なんとタクシーのお兄さんが「こんにちわ!日本ですか。私、少しなら日本語喋れるんですよ」と流暢に返した訳です。完全に東アジアのおっさんより流暢に日本語を操っていたわけですよ。バガンには日本人も団体ツアーとかでそこそこ来るらしいので、それでですかね。

え、何これ、何これ、と純粋な日本人である自分はなんか変な気持ちになりますよね。異国の地で外国人2人が日本語でコミュニケーションしている訳ですよ。片方は明らかにおかしいですし。こんな場面には中々出くわさないですよね。

そこで自分はちょっとわくわくしてきました。このおっさんどうするんだろう、相手そこそこ日本語あやつってますよ、おっさん、どうするのおっさん、どうやってこの場を切り抜けるつもりなの、と。そしたらそのおっさん、まだ懲りずに「コンニーチワー!!アリガート!!」とか言っているわけです。たぶん全然日本語分からないんでしょうね。相手がそこそこ喋っていることに気付いていない感じでした。

するとタクシーのお兄さんはその無機質な挨拶の連呼には軽く対応し、「日本のどこから来ましたか?」「ミャンマーにはいつから来ていますか?」「ミャンマー楽しいですか?」みたいなことをおっさんに尋ね続けていったわけです。そうすると、おっさんもさすがにこいつマジで話してるな、ってことを悟ったのか、急に無口になり、無表情でずっと前方一点見つめになりました。

おいこのおっさんマジかよ。ぶん投げですか。ちょっとあの顔は面白かったですけどね。あれだけ元気に「コンニーチワー!!アリガート!!」と言っていたおっさんが、何事も無かったのかのように無表情で前方一点見つめですから。
ここで自分が入ってもよかったんでしょうけれども、なんだかそれって、このおっさんを肯定するようで嫌だったんです。明らかに嘘ついてますからね。

タクシーのお兄さんは、いくら話しかけても無視されるので、段々泣きそうな顔になって、気付けば車内は無音に。そこそこ日本語上手かったよ自信もってね。ごめんね。



日記-4日目-
自分のホテルに到着し、降りたら、その自称日本人もおりてきた。どうするのかなーと思ったら、ルームシェアをせがまれた。しかし、英語が全くわからないアホな東洋人を演じたことで、なんとか回避。自称日本人は、仕方なく自分で部屋を取っていた。こっそりチェックインの紙を見てみると、コリアと書かれていた。俺が日本人だってことは多分分かっているはずなのに、なぜ突然日本人を名乗ったのだろうか。その後も、ツアーをシェアしようと言われたが、知らない外国人のおっさんと一緒にバガン遺跡を巡りたくはなかったため、また、人見知りな自分にはハードルが高かったため、拒否。


タクシーから降りて、自分は受付にチェックインしにいこうと進むと、自称日本人が引き止めてきました。そして、「ルームシェアしない?」とここで言ってきた訳です。びっくりですよ。こんなの完全に輩のやり口じゃないですか。詐欺です。ちょっとした脅迫です。これはもうまともに取り合っていては、なんだかんだでやられてしまう、と思い、英語ができないアホな東洋人のふりをして、ずっとにこにこ笑い、時たまよくわからない言葉を口走り、たまにnoしか言わない機械へと変貌しました。ちょっと無理がありましたけれどね。さっきまでコミュニケーションとってましたから。でも、それでその場を動かずにずっと上記の状態でいると、さすがに諦めたみたいで、自称日本人は一人で受付に行きました。

咄嗟の対応としても、あまりよくなかったと思いますが、なんとか力技で切り抜けられましたよよかった。おっさんはチェックインを始めたので、別の受付で自分もチェックインをしていました。そこで、ふと気になって、こっそりそのおっさんの国籍を見てみると、日記の通りでした。

自分のことは日本人だってことは多分分かっていたと思うんですけれどね。地球の歩き方見せていたんで。見た目は東洋人ですし、韓国の方だったら、ひらがなの意味は分からなくても、それが日本語だってことは分かると思いますしね。なぜ無意味な嘘をついたのか。自分に気を使ったのかな?
でも、日本人じゃない人に日本人を名乗られると、やっぱりあまり良い気はしないですね。外国では、それこそ自分の国を代表する気持ちで行動することを心がけるじゃないですか。自分の行動で、その国のイメージが、その人にとって悪いものになる可能性がある訳ですから。ですから、どんな場合でも、そこは自分の国でいってほしいですよね。


そんなこんなでバガン遺跡へ入っていった訳です。ですが、入り口部分でこんなに文字数を使ってしまったため、本番のバガン遺跡のことはまた次回に。ではではー。


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つづく
by hayashihiromu | 2013-09-19 17:11 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-3日目- ダウンタウン散策記

3日目-日記-
昨日でヤンゴン市内の観光は終えていたため、今日はダウンタウンを散策することに。初めは観光客が訪れる市場に侵入。すると、色々な商品を持った大勢のミャンマー人が、つたない英語や日本語で話しかけてきたような気がした。しかし、自分はかなり人見知りなため、また、友達の少ない自分に対して話しかけてくる人なんて日本にもいないのに、外国、ましてやミャンマーではいるはず無い、と思い、全て華麗にスルー。こういう時、対人能力が高かったり、友達が多い人はほいほい話してしまい、大変なことになるよね。良かったよ人見知りな上に友達少なくて。


ということで、3日目はミャンマーのダウンタウンへ繰り出した訳でありました。
前日にかつあげをくらったり、しらんおっさんにご飯をたかられたりしたものの、やはりミャンマーの治安はそこまで悪くない、という前評判を信じて、詮索開始。

まずは、観光客がお土産を買ったりするために訪れる、ボーヂョーアウンサンマーケットというところへ。このアウンサンは、アウンサンスーチー氏の父親であり、ビルマ独立の立役者、建国の父と呼ばれるものの、暗殺されてしまったミャンマーの英雄、アウンサン将軍からきているんでしょうね。

自分も、前日にアウンサン将軍を含め、ビルマ独立戦争を戦い、暗殺されてしまった人たちのための記念碑へ足を運びました。ラッキーに無理矢理連れて行かれてしまってね。基本的にミャンマー人は敬虔な仏教徒なのですが、どこの国もそうなのか、外国語を操る人は、比較的そういうものに対してリベラルな印象でした。ラッキーも例外ではなく、お寺に行った時も特に頭を下げたりしていなかったのですが、そんな人でも、アウンサン将軍達にはものすごい敬意を払っています。記念碑へ行った後、ビルマ独立に関わることを熱弁していました。例によって発音が時々聞き取れなく、いまいち何を言っているのかはわからなかったのですが、それでもその熱意は伝わりました。


記念碑での一枚。
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話しはズレましたが、ボーヂョーアウンサンマーケットです。
先程も述べた通り、ここは基本的には観光客が訪れる場所です。そのため、派手な民族衣装や、チープな記念Tシャツ、特に多かったのは宝石ですかね、まぁ、そんなんばっかりで、あまり面白くなかったです。

日本人観光客もしばしば訪れるようで、小さな子どもから若いお兄さんまで、日本語で話しかけてくる現地人が多かったです。ただ、これは地球の歩き方にも載っていたことで、注意はしていたので、また、人見知りなため、全て華麗にスルー。

それでも1時間くらい歩き回り、やっぱり面白いものがないなーということで、観光客が訪れないダウンタウンへの侵入を決意したわけであります。


3日目-日記-
観光客が訪れる市場には対して面白味を感じず、ダウンタウンの奥深くに潜入することを決意。犇く現地の人々、強烈な臭い、廃墟のような建物にビビりながらも、カメラを回し、レポーターになったつもりで日本語を喋りながら歩き回る。


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アウンサンマーケットでは写真を撮っていなかったのですが、上の写真の左側に見える建物がそれです。奥に見えるビルは、いい感じのホテル。そして自分は、右側に見えるボロボロの建物の方へ潜入していった訳であります。

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ここまで来ると、最早観光客など一人もいません。全て現地の人々です。
やっぱり、独特の臭いが強烈ですね。生ものの臭い、下水の臭い、そして、ミャンマー人独特の体臭。この体臭、臭い、ってわけではないんですが、独特です。香辛料的な香りと汗の臭いが混じったようなものですかね。臭い、ってわけではないのですが、それが人ごみで増大されると、外国人にとっては少々厳しいものでした。

ここでも相当歩き回りましたね。ただ、基本的にここでは動画を撮っていたため、写真はあまりないです。動画とかってあげられるのかな?ちょっとよくわかんないので断念。

蒸れた暑さのなか歩き回ると、どうしたってお腹が空くものです。
食べ物は豊富に売られていたため、どれにしようかなーと迷っていました。
しかし、ここで悲劇が起こりました。


3日目-日記-
途中でお腹が空いたため、屋台で売られていた美味しそうな卵料理を買おうとするも、売り子のおばさんに無視される。

それでも飢えていたため、必死で話しかけるも、無視される。

自分の横から現地の人が買おうとすると、その人には快く販売。そのおばさんの姿を見て心が折れる。まぁ、ここは外国人はこないし、英語全く無理そうだったし、俺が悪かったんだよね。ごめんねおばさん。



ガン無視です。びっくりするくらい無視されました。おばさんに。
やっぱり、無視は悲しいですね。ただ、ここは観光客が来ないため、実際に歩いている最中でも、姿がそんなに変わらないはずの自分でもじろじろ見られたり、心なしか避けられたりしていたため、まぁ、そういうものなんでしょう。

しかし、この対応は中々メンタルをやられたため、観光客の地へ戻ることを決意。

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それでもやっぱりどうしようもなくお腹が空いていたため、また懲りもせず見つけたおいしそうな何かの購入を決意。


3日目-日記-
次に見つけた屋台で、クレープの生地をカリカリに焼いたような美味しそうな料理を発見。また売ってくれないのではないかとの不安を抱きつつも購入を試みると、売ってくれた。しかしボラれる。クレープの生地を焼いただけの代物に5000チャット。(5000チャット:ミャンマーの中級ホテルにあるレストランで食べるディナー一食分)でもおいしかった。

ね、案の定ぼったくられるという。ミャンマー価格でもアホみたいに高いばかりか、日本価格でも高いよ。やめてよ。でも美味しかったです。

その後は、暑さに耐えきれず、タクシーを拾い、現地でも有名な食堂へ。食に関することは、また後日まとめて書く予定です。そしてまたシェダゴォンへ行き、この日は終了。

3日目-日記-
現在宿泊中のホテルに備え付けられてあるプールで水泳。水着がなかったため、パンツで泳ぐ。ちなみに、プール付きで自然に囲まれているこのホテル、お値段は、2人泊まれる部屋で約4000円。自分は1人だけれども。

最後にプールで泳ぎました。



やはり、発展途上国の下町は強烈なものがありましたね。うん。
日本の街、先進国の街しか知らなかったのでね。日本も戦後直後は、こんな屋台でひしめき、廃墟のような建物しか無い街があったんでしょう。それどころか、一面焼け野原、何も無い状態からスタートですよね。それが、この今の街まで発展しているってことは、やはり凄いです。
そういうことを、改めて肌で実感しました。

これからの日本を作る自分達にとって、その変遷を感じることは、ある程度必要なんじゃないでしょうかね。



この翌日は、バガン遺跡へ向かいました。アンコールワットと並ぶ世界三大仏教遺跡の地です。
ということで、3日目の大筋は終了です〜。







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つづく
by hayashihiromu | 2013-09-17 13:17 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-2日目- vsミャンマー人少年×3

大学の宿題があったことが判明してしまいましてね。
それもフランス語。ネットでやれとかなんとか。
完全に忘れていて、もう最悪です。8月は色々なことを考えていて、いつの間にか忘れていた宿題。こんな経験は中学生までで十分ですよ。まさか大学生になってまでギリギリで宿題こなすとは夢にも思いませんでした。あああもうやだフランス語大っ嫌い。





2日目から何も進んでいないこのミャンマー紀行記ですが、ちょっと時間が無くて、お許しを。

今回は、もうあのような悲劇を繰り返さないために、ミャンマー人少年3人に囲まれてかつあげされた時の出来事を記述してみたいと思います。前もちらっと書きましたよね。


あれは、お寺巡りも終盤にさしかかった頃でした。さらに、日本人慰霊碑にも行き、心がなんだか、すん、とした感じで、感傷的になっていた時です。

事件現場はここです。
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今までも境内でパシャパシャ写真は撮っていました。それでも特に何も言われなかったため、普通にパシャパシャやっていた訳です。ここのお寺でもパシャパシャしていると、15歳くらいの少年が2人くらいこちらに近づいてきました。
それで、この写真を撮った後に、お寺の端っこへ行って写真確認をしていたら、少年2人に囲まれてしまった訳です。
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ミャンマー人の英語は、そもそもあまり聞き取れません。というのも、最後の音をなぜかあまり発音しないことが多いのです。例えば、「タクシー」なら「タキッ」と言います。この最初の「タ」も音が小さいです。

この少年達の言っていることもあまり聞き取れなかったのですが、どうやらここでは写真を撮るんだったら500チャット俺らに払え、と言っているようでした。


自分は、何せ初めての一人旅、ましてやミャンマーということもあって、結構用心深かったはずです。例えばお金は、決して財布に入れず、ズボンのチャック付きのポケットにしまっていました。それも、1つにまとめるのではなく、4個師団を形成してミャンマー市街に進軍していた訳です。第一師団は、低額のお札をまとめたもので、約700チャット。第二、第三師団は同じくらいのそこそこの金額で、1万チャットずつ。そして第四師団は15ドルでした。

結構大きめのミャンマーのお寺に外国人が入るためには、2、3ドル支払わなければならないんですよね。一番高くて、シェダゴォン・パヤーの5ドルです。そのために、ドルも少し持っていました。

500チャット、というと、日本人からすればかなり低額です。現在の正確なレートは分かりませんが、大体1円=0.1チャットと考えてもらえればいいかと。500チャットは50円ですね。

何の正当性があってこの少年達にお金を払うのかは甚だ疑問でしたが、まぁ50円くらいならいいか、と思い、支払うことに決めました。この、低額だからまあいいか、という気持ちが、後々ミャンマーでの破産、最終日の飢え+喉の乾きを招く訳ですが、それはまた後日。

前述した通り、自分は結構用心深かったはずです。しかし、お寺巡りの終盤、今まで何もなかったという安心感、そして感傷的で弱った気持ちの自分は、うっかりと少年達の目の前で札束を出してしまったのです。低額だったため、第一師団を航空機支援無しのむき出しで孤立させながら進軍させてしまったのです。

そこでふわっと空気が変わった気がしましたが、まぁ特に気にせずに、500チャットを少年達に差し出しますよね。そこで終わりだ、と思い、第一師団を即時撤退させようとすると、手をガッと掴まれてしまったのです。

びっくりしました。ミャンマー人と触れ合ったのはこれが最初でしたから。湿気が多い国ですが、手はガサガサなんですね。なんて思いながらもえ、え、え、なにこわいなになんでなんでよやめてよって感じでした。そうすると、少年2人が、その札束全部よこせ的なジェスチャーをするわけですよ。いやいやいや、自分はもう500チャット払いましたから。君達、何言ってんの?ですよね。しかもここお寺の境内ですよ。こんなところでえ、え、君達それかつあげですか?え、マジか。マジかお前ら。特別な信仰を持たない自分でも、例えば日本のお寺神社でそんなことはしないですよ。ここで若干引いてしまいました。

相手は、2人といっても、15歳くらいです。がりがりです。そして身長も自分より低いです。なので、最初は別にそんな怖くなかったんですよね。人だかりからは離れてはいましたが、そんな裏に連れて行かれて、的なのではなかったので。

さらに、自分はあれですよ、高校2年生の時に1年間体育の授業で柔道やっていましたから。みなとと一緒に柔道やっていましたから。ついぞみなとに一、二回、大腰が成功しただけでしたけれども、また、大腰がそこそこ出来る様になったから今なら勝てる!と思いタムタムに奇襲をかけたものの返り討ちに合って投げられましたけれども、でも、それでも柔道やっていた訳ですよ。いざ格闘戦になっても、まぁなんとかいけるかな、と思っていた訳ですよ。

さらに、ね、いくら低額といっても、それは自分が形成した師団なんです。これが一気に玉砕とかなったら、もう他のチャット達に、又ドルに対しても示しがつかないじゃないですか。もうこんな司令官の下について来てくれないですよ。まあ、後々簡単にぼったくられすぎてその悲劇が起こった訳ですが、それでもこのときはまだみんな自分の下で戦ってくれていた訳です。

確かに、低額ですから、すぐに補充は効きますよ。でもね、やっぱり10チャット札も20チャット札もお札なんです。ぼろっぼろで臭くてセロハンテープ貼られていたりしてましたけれども、立派な一お札なんです。お札は消耗品じゃないんです!ここで司令官たる自分が戦わなければ、一体誰が戦うんだと。よし、やってやろうじゃないか、ミャンマーの少年2人よ!


と、ここまで思って意気込んで一人で勝手に盛り上がっていたらなんかもう1人ミャンマー人の少年がやってきたので、第一師団全部あげちゃいました。



いや、3人はさすがに無理ですよ。ミャンマー滞在2日目からボコボコにされたくないじゃないですか。2人ならなんとかなりそうですけれどもね、うん、3人は無理ですこれはしょうがない。

師団とか勝手に言っていたけれども、所詮この札束は全部で200チャット、則ち20円くらいでしたから。いくらでもあげますよそんなもん。いや、3人は無理ですよ。


ということでね。もう十分承知でしょうが、外国で不用意に札束やお財布を出してはいけないんですよ、さもないと少年に囲まれますよ、3人目の少年来ちゃいますよ、という経験談でした。

でもね、自分にとっての20円が、あの子達の立派な生活の糧になるのだとしたら、それはそれでよかったんじゃないかな、と思って無理矢理自分を納得させています。3人は無理です。3人には気をつけよう。





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by hayashihiromu | 2013-09-15 01:19 | 普通

ミャンマー紀行追憶記-ヤンゴンのお寺-

まだ夏休み中なので暇かな、と思っていたら、意外と忙しく、滞ってしまっていました‥。もう興味無いよね、って感じだろうけれども、ね。



さてさてミャンマー紀行。
今回はヤンゴンのお寺、仏像の写真を貼っていきたいと思います。

ヤンゴンという都市は、首都ではないのですが、多分一番大きな都市です。
今は発展途上段階なので、立派なビル、工事中の建物、廃墟のような建物、スラムのような街、が入り乱れています。そんな中で、ミャンマー独特なのは、お寺です。それも、金ぴかに輝くお寺です。

ヤンゴン市内には、いたるところにお寺があります。これが面白い。
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こんな感じの金ぴかのお寺が至る所にあるわけですね。
ミャンマー人の85%は仏教徒であり、それも敬虔な仏教徒であります。
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なので、こういうところにきて、本当に真剣にお参りしているんですよね。
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特定の宗教を持たない日本人にとっては、とても新鮮ですが、こういう現地の人の姿を見ると、なんだかとても美しいとでもいいましょうか、不思議な感覚になります。

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ミャンマーの仏像はこんな感じです。
写真を撮ろうとデジカメを向けると、なぜか赤ちゃんとして認識されます。
上記のは巨大仏像ですが、こんなのが多いです。凄いよね。大きい。

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また、ミャンマーの仏像の後ろには電飾があります。
これも不思議ですよねー。日本の仏像ではありえないです。なんだか、逆にありがたみが失われそうな。でも、こうやってピカピカさせることで、ミャンマーの人にとっては荘厳さを演出しているらしいです。
時計もそんなところにいらんだろっていう。いや、時間気になるのは分かるよ?でもさ、そんなところに時計付ける?どんだけ時間気にしているのよ。お経唱えながらちらって時計見ているってことですよね。拝みながら時計をちらちらって見て時間確認しているってことですもんね。
この仏像だけではなく、色んな仏像の側に時計があります。なんなんでしょうか。

いや、でもそもそも、こういうお寺は観光地ではなく、現地の人が使う宗教施設です。そのため、現地の人のために考えられて作られており、こうなるのはしょうがないですよね。日本人からしたら、なんだかな‥。という感じですが。

そしてそして、ヤンゴンの中でも一番大きいお寺。約2500年前に建築され、外装は金、中には多数の宝石が入っているお寺、シェダゴォン・パヤー。

b0209652_18164365.jpg

敷地が凄いんですよ。めっちゃめちゃ広くて、境内の中にお寺が乱立しています。その中心にあるのが、この建物。いやーすごい。本当にすごかった。綺麗ですし、なんというか、重いです。圧がすごい。身が引き締まりますね。一度は見た方がいいです。

こんな昔からの建造物を見て、触れると、その時の時代に行ってみたくなりますよね。
数年前、一人で青森の斜陽館へ行ったことがあるのですが、そのときも、なんだか凄く太宰の世界へ行きたくなりました。
いやーなんかもう最近昔にもどりたい、って思いが強くて。危ない危ない。自分の知らない世界を勝手に美化して想像しているってことは分かっているんですけれどね。
自分は結構小説は読む方なのですが、もっぱら純文学でして。そんな自分が珍しく純文学以外の小説、今話題というけ結構前から話題の永遠の0を読んでいるんですけれども、ダメですね。そっちの世界へ行きかけています。そんな昔に戻らなくてはいいので、できれば去年の10月か、今年の4月に戻りたいです。

話しがめっちゃ脱線してしまいました。

b0209652_18273573.jpg

ヤンゴンのお寺はこんな感じでした。
いやーもっと凄かったんですけれどもね。いかんせん自分は写真が下手で‥。
こんな感じが続きます。ミャンマーってどんなとこ?って方、雰囲気だけでも是非。
とりあえずこれらは2日目です。
3日目からは、日記をそのまま載せていきます。では。
by hayashihiromu | 2013-09-13 18:25 | 普通

ミャンマー紀行 追憶記

たくさんの方にアクセスして頂いていたのにも関わらず、放置していてすみませんでした‥。Wi-Fiが残念すぎたため、写真があげられなかったため、なんだかなーと。家帰ってから振り返ろうかな、と思っていました‥。

現在はもう無事帰国。昨日帰国していました。今は自宅のPCでカタカタしています。日記的なのは付けていたので、それを元に振り返っていきたいと思います。

とりあえず、『アジア最後のフロンティア』、その「今」を見ることができて満足です。

現地の人や、ミャンマーでビジネスをしている日本人に話しを聞いたり、自分の目で見た限りでも、やはりまだ発展は難しそうでした。
インフラがそもそもまだまだです。ミャンマーの大都市ヤンゴンでも、道路は全て舗装されていないばかりか、信号があまりないため、慢性的な渋滞が酷いです。少し外に出ると、もう道路はガタガタ。当分サプライチェーンは 整理されないでしょう。ただし、今、日本の建設会社が入り、大きな高速道路(多分)を建設しています。

発展途上国にはよくあることですが、まだまだ法整備が整っていないため、日本企業も上手くビジネスができていないらしいです。需要はたくさんあり、当事者間では合意していても、いざ契約を結ぼうとすると、ことごとく「今のミャンマーにはそのような法律はない」となり、難航するそうです。また、ミャンマーには民間の弁護士がいません。弁護士は全て公機関、例えば、警察署、消防署などに所属しており、そこからアルバイトとして民間に出張している形です。したがって、そもそも法意識自体があまりないのではないでしょうか。

自分は今回の旅でたくさんぼったくられましたが、ミャンマーの人は皆比較的いい人です。「1日1ドル以下で生活している」貧困層が人口の30%を占めているものの、国民の85%は敬虔な仏教徒であり、また、食料が豊富なため、犯罪も少なく、反乱も起こっていません。

食べ物も美味しいですし、観光資源も豊富です。自分の行ったヤンゴンの紀元前からある黄金のお寺、バガン遺跡、素晴らしい。しかし、ミャンマー政府が杜撰なため、世界遺産申請などもされていません。今、日本政府が協力して申請に動いているらしいです。

人口6000万(これまたミャンマー政府が杜撰なため、IMFの推測値)、国土は日本の1.8倍。やはり、フロンティアでしょう。また年月を置いて訪れたいです。

今の日本にいては感じられない臭い、音、皮膚感覚、グロテスクさを感じられてよかったです。昔の日本とは全く状況が違うことは分かっていますが、それでも、日本の先人達に、改めて敬意を表すると共に、これからさらに精進していこうと思いました。以上、ミャンマー一人旅、稚拙な感想でした。

次から写真をあげていきたいと思いますー。


おわり
by hayashihiromu | 2013-09-09 16:49 | 普通

ミャンマー一人旅2日目~ミャンマー人は歌を歌う~

今日は楽しかった。
ミャンマーという国は、基本的には仏教の国であります。そのため、街の至る所にお寺があるわけです。しかも、そのお寺が、全部金ピカです。

自分が今は滞在しているヤンゴンという都市には、巨大なお寺、有名なお寺がたくさんあります。そこを2日間かけて回ろうと思っていたのですが、なんと、タクシーのおっさんが謎の本気を出し、1日でで全て回ることができました。予報は雨だったのにも関わらず、今日一日、降る気配の全く無い晴天であり、天気にも非常に恵まれ、良い観光ができました。

写真をたくさんあげたいのですが、現在滞在しているホテルのWi-Fiが残念で、一枚もあげることができません。明日、Wi-Fiスポットを探します。

昨日抱えていた、チケットの問題も無事解決。タクシーのチャーターも、頑張って交渉したおかげで、100ドルから適正価格の50ドルまで下げることができました。

まぁ、もちろんいいことばかりではあいません。少年三人に囲まれて200チャット(20円)カツアゲされました。お寺の境内の中で。こいつらまじか、と思いましたが、自分にとっては20円、しかし相手にとってはそれでご飯が食べれるのなら、いいかな、と思い、すんなり渡しました。

また、お昼ご飯を食べる時、タクシーのおっさんにガイドブックにも載っているそこそこいい食堂に連れて行ってもらったのですが、その際におっさんが自分の友達を呼び出し、会食することになりました。その来た友達というのが、え、歯ってそんなボロボロになるの?あなた、どうやってものたべてるの?っていうか色が汚いなおいそれ何色なの?、って感じの歯で、着ている服はシミまみれ、破れまくっているタンクトップという、でもとても明るいおっさんでした。

そんな汚いおっさんとの会食が済み、いざ会計となると、案の定伝票が自分の下に。

日本円で1000円くらいだったので、まぁいいかな、と思い払いましたけど、うん‥。


日本軍慰霊碑にも行きました。
ここは、第二次世界大戦ビルマ戦線で失われた日本軍将兵19万人のために建てられたものです。お墓が並び、慰霊碑、そして、平和への願いが綴られた石碑がありました。

一歩足を踏み入れた時、なんだか、色々想像してしまい、涙が。
こんなに遠く離れた地で、暑さ、飢え、英軍、米軍、支軍と戦い、自分たちにの先祖、19万人が散った。何を見ていたのでしょう。どんな気持ちだったのでしょう。何を願っていたのでしょう。自分には、きっと、想像することもできないのでしょう。

インパール作戦なんか、もう、ね。
感謝と決意を込めて、お線香をしてきました。


夕方、時間が余ったので、勇気を出してホテル周辺の町を徘徊してきました。

ミャンマーだからこそできるのでしょうね。治安がいいんですよ。
ただ、ミャンマー人は、徐行という言葉を覚えた方がいいです。人がすぐそばにいても関係なく猛スピードで車を走らせます。何回かはねられかけました。

途中、お腹が空いたため、よくわかならない大衆食堂へ。そこでよくわからない肉を食べました。

お昼もそうだったのですが、厨房で働いている人のほとんどが、自分と同じことか年下の女の子でした。ウエイトレスは、男。

そこで気づいたのですが、ミャンマー人って、みんないつでも歌を歌っています。タクシーのおっさんもそうでした。働きながら、みんな歌を歌っているのです。多分ビルマ語なので、意味は全くわからないですけれど、みんなメロディーが素敵です。ミャンマーでCD買って行こうかな。

あとは、ガッリガリの野良犬と野良猫が大量にいるくらいかな。ちょっとショックでしたね。東京に住んでいると、野良猫はたまに見ますけれども、野良犬、なんて全く見ないですもん。自分の中ではフィクション的なものだったので。でも、昔は日本も野良犬だらけだったんですよね。放送室で松本さんと高須さんが喋ってました。

あー足の裏が痛いです。境内に入る時は、裸足じゃないとだめなんで。一日はだしで歩き回ったため、ずっとヒリヒリ。



アジア最後のフロンティア一人旅。
今のところ、順調です。
気を抜かずに、このままいこう。





おわり
by hayashihiromu | 2013-09-03 23:10 | 普通

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ダウンタウンさん、高須光聖さん、板尾創路さんを心から尊敬しております。

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