ヘンリーヘンリーズのギター担当。


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『日本人畸形説』-岸田国士-


岸田国士と言えば、非常に著名な劇作家であります。翻訳家としても有名で、岸田国士訳の『にんじん』は多くの人が読んだことがあると思います。

『日本人畸形説』とは、1947年に書かれた文章です。今は青空文庫にありますね。


冒頭の文章がそこそこ有名だと思います。

「日本人とはおおかた畸形的なものから成り立っている人間で、どうかすると、それをかえって自分たちの特色のように思い込み、もっぱら畸形的なものそれ自身の価値と美とを強調する一方、その畸形的なもののために絶えずおびやかされ、幻滅を味い、その結果、自分達の世界以外に「生命の完きすがた」とでもいうべき人間の影像を探し求めて、これにひそかなあこがれの情をよせる人間群である。」


簡単に言えば、日本人は精神が救いのない程おかしい人種なんだよ、と言っている訳です。日本人は皆「精神的畸形」であると言っている訳です。「畸形」という言葉は嫌な言葉ですが、岸田国士は、だからこそあえて使っています。しっかりと認識するためにです。

「精神的畸形」、その根幹は何かというと、「歪んだ自尊心」です。日本人の自尊心は劣等感の変形、強がりのことが多いため、だからこそ面目、面子などを重んじたり、威張りたいところを逆に卑下を誇張して同じ効果を狙ったりする訳ですね。
この自尊心が日本特有のジェンダー意識を作り上げたり、自分の意見を言わなかったり、卑屈な見栄をはったりする。そう述べられています。

現代の日本人も、異なった形で「畸形的」なものが現れているのではないでしょうか。
例えば、自国の芸術作品や偉業の評価は、基本的には外国経由ですよね。外国が評価したものを評価します。自分達はまだ「全き人間」ではない訳です。
他にも、現代の「畸形」を探してみると面白いですね。






おわり







by hayashihiromu | 2014-10-29 00:12 | 普通

ふつかめのきゅうり

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おわり



by hayashihiromu | 2014-07-06 00:14 | 普通

片山杜秀教授との公開討論会『国の死に方〜戦前日本と現在〜』②天皇制の変遷/(山本議員手紙問題)


天皇制の現在の在り方を考える上で、少し山本太郎議員の行動の是非について触れたいと思います。「天皇」を考える時に分かりやすいと思うので。

あ、この山本議員手紙問題の部分は討論会では一切触れられなかったことです。自分が勝手に書いているだけで、片山教授は関係無いです。



少し前のことではありますが、山本議員が園遊会において天皇陛下に手紙を渡したことに対して、「皇室の政治利用」だとかなり批判がありましたよね。ではそもそも「皇室の政治利用」とは何が問題なんでしょうか。

この問題は、請願法云々、失礼だ云々ではなく、憲法的に問題なんです。「天皇」の在り方を考える上で、問題なんです。

日本国憲法は、天皇について、4条で「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する機能を有しない」と規定しています。これは、天皇が政治に参加してはいけない、ということです。政治に関わってはいけない、ということです。

では、なぜ政治に関わってはいけないのでしょうか。それは、天皇とは「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であると憲法1条で規定されているからです。天皇は日本国民統合の象徴なのです。日本国民だからといって、皆意見が一致している訳ではありません。利害、意見の激しい対立があります。しかし、そのような中でも、天皇に思いを寄せることにおいてだけは、統合が果たせる。その気持ちだけは、一致できる。天皇とはそのような存在でなければなりません。

そのため、天皇は無色透明で無ければならないのです。国民の意見の対立に参加してはならないのです。政争に参加すると、色がついてしまう。そうなると、天皇の支持した「色」と対立する意見を持つ国民は、天皇をどう思うでしょうか。無理ですよね。統合なんてできないし、象徴には成り得ません。だから、絶対に政治に参加してはならないのです。

これは、天皇自らが政治に参加してはならない、ということと同時に、天皇を政治に巻き込んではならない、ということも意味しています。当然ですよね。無色透明でなければならない天皇に色をつけようとしたらダメでしょう。これこそ、「政治利用」が禁止される本義なのです。政治パフォーマンスに利用することがダメ、というのではなく、無色透明であるために、政治の色をつけてはいけない、ということなんですよね。

そして、これらは憲法によって規定されていることです。そのため、一般人ならいざ知らず、国会議員である山本氏は守らなければなりません。憲法とは権力者を縛る規範であり、憲法99条によって、国会議員は憲法を尊重しなければならないと規定されています。政争の真っ只中にある原発問題に天皇を巻き込んだことは、憲法の意図する天皇の在り方に抵触するものです。そのため、山本議員は、やはり重い処罰を受ける必要があると思います。

また、山本議員だけでなく、自民党がオリンピック招致のために皇室を用いたことも問題です。利害の対立がある事柄に皇室を巻き込んだ。皇室に色をつけた。この意味で、もっと批判されなければならないと思います。


少し話しはズレますが、この山本議員の問題で、少し左派に幻滅しました。あー、やっぱりか、と。というのは、明らかにダメなことをした山本議員を擁護する人が多かったからです。そしてその理由が、自民党もオリンピックの件で政治利用したじゃないか、でも何もなっていない、だからいいんだ、のようなものだったからです。

周りの人が泥棒を働いたからといって、自らも泥棒してもいいのでしょうか。というより、右派がさきの大戦における日本の戦争を「自衛」だと主張する際に、左派は、周りの人が泥棒を働いたからといって、自らも泥棒してもいいわけないだろ!と責め立てるじゃないですか。もっともな意見であると思いますよ。でも、自分達がその泥棒の立場に立ったら、自らの使っていた論理をすぐに捨て、自らを擁護する。がっかりですね。所詮その程度だったんだなーと。確信的だったとしても業腹ですけれども、実情は、自分達がこのようなブーメランを喰らっていることにも気付かず、何も考えていないで発言しているだけというもっと酷い状況のような気がして、哀しいですね。左派こそが、山本議員に、ルール違反はルール違反なんだから、と、処罰を促すべきだと思いますがね。


長い長い前置きの後、②天皇制の変遷について触れたいと思います。
学生からの質問は、ざっくり言えば、明治憲法下での天皇と、現在の憲法下での天皇は、明らかに規定のされ方が変わっている。このような中で、現在日本においては、天皇、天皇制はどのように成されるべきか、というものです。実際は、右派から不敬だ!と言われるような過激な言葉も含まれていたり、もっとしっかりとした前提の下でしたが、もう前置きが長かったのでカットさせて頂きます。

この回答としては、これまたざっくり言うと、戦前と現在で天皇の規定は変わっているものの、天皇の実情は変わっていないため、このまま続けるべきだ、というものでした。その理由は、日本人に特出された権力に対する考え方なのですが、これは未完のファシズムを読んで下さい。ここで軽く書くよりはしっかりまとまった本を読んでもらう方がいいですね。まあ、少し言うと、歴史的に見ても、日本人は強い権力を嫌うのです。だから、「天皇」という緩和剤が必要なのです。

ここまで上記の問答を削って書いたのは、前提が長過ぎたということもありますが、本に書かれていないことで、自分としては目から鱗といいますか、非常に面白い話しがサブウェイであったので、こっちを書きたいな、と思ったからです。それは、現在の日本において、今上天皇とは4代目の天皇だと考えるべきだ、というものです。

神武天皇から遡れば、天皇の歴史とは2600年以上あるとされています。しかし、日本が近代国家になってからの天皇、今の様な形の天皇は、まだ4人しかおられないのです。ここに注目すべきだと思います。なので、天皇の正当性を持たせるための、その方法論がまだ無いのです。だからこそ、今上天皇皇后両陛下のご苦労は凄まじいものであり、その功績も多大なものであると思います。普通の人ではやはりできないですよ。

しかし、まだたったの4代なのです。これからどうなるか分からない。このまま正当性を持たせられるのかも分からない。だからこそ、ひたすら日本を回られる。震災があったらそこに訪問される。公務をされながら、国事にも参加されながら、お祈りを捧げながらです。宮内庁が焦っているのも、ここだと推測されます。お体の具合が悪くなり、今までのように動くことができなくなれば、正当性は担保できなくなるのではないか。皇室は、目に見え難い、また、平時では気付き難い、そのため非常に難しい事柄であるものの、日本の根幹であるということは事実です。心配です。


というような感じでしたかねー。
もう一つ、天皇制から派生して、丸山眞男の「無責任の体系」に関しても話しましたが、ちょっと長いので、以上!













by hayashihiromu | 2013-11-27 00:43 | 普通

片山杜秀教授との公開討論会『国の死に方〜戦前日本と現在〜』①安倍政権の意図


先週の日曜日に、三田祭で片山杜秀教授と公開討論会を開催させて頂きました。先輩方にお膳立てして頂き、1年生が3人登壇し、教授にそれぞれ質問をぶつけていくというものです。大変勉強になりましたし、本当に面白かったです。もう楽しくて楽しくて、1時間半、ずっとにやにやが止まりませんでした。片山教授と先輩方に感謝です。来年、自分も今の先輩方のようになりたいですね。


今回のテーマは『国の死に方〜戦前日本と現在〜』というものでした。死へと向かっていった戦前の日本と現在の日本を比較し、改めて今の日本を考えよう、というものです。ではそもそもなぜ戦前と現在を比較するのか。これは、前回の記事の後半で少し述べましたが、歴史の流れが非常に酷似しているからです。
簡単に整理しますと‥。

戦前
大正バブル崩壊→長期デフレ突入→関東大震災→世界大恐慌→昭和三陸地震。
政治面では、23年間で16の内閣が誕生。最後に、東条英機の長期政権。

現在
1993年バブル崩壊→長期デフレ突入→阪神淡路大震災→リーマンショック→東日本大震災。
政治面では、22年間で15人の首相が誕生。そして、安倍晋三の長期政権が始まろうとしています。

さらに、両方の流れの中で見逃せないポイントは、グローバル化です。
第一次世界大戦前後は、資本の移動がかなり活発であり、今では第一次グローバル時代と言われているほど。今の時代は、言わずもがなですね。

この流れの中、日本は死へと向かっていった訳です。その流れに沿う様に、現在の日本も進んでいます。地震は偶然だとしても、このような奇妙な一致は、やはり背筋が寒くなる思いを抱きますよね。



このような前提を踏まえた上で、現在の日本は「死」(近代国家の統治の崩壊、国民国家の崩壊)へと向かって行っているのであろうか、ということを3つのトピックからお話しを伺いました。
①安倍政権の意図
②現在の天皇制の在り方
③若者の教育



まず、①「安倍政権の意図」についてです。
現在、安倍内閣は高支持率を維持していますが、何かと批判が多いことも確かです。まあ、批判が多いことは安倍政権に特出したものではないですが、なんというでしょう、国の形を変える、という意味での批判が多い様な気がします。右傾化だとか、新自由主義的だとかですね。実際に、憲法改正、増税、TPP、大規模な規制緩和等の、国が変わるような政策を行おうとしていますからね。

さらに不思議な点として、施行している、しようとしている政策の相反性です。
アベノミクス第三の矢の成長戦略において、規制緩和や自由貿易の推進という、新自由主義的な政策が並んでいます。小さな政府を目指し、国民には自助を求めているのです。しかし一方、国内ではナショナリズムを煽るようなことをしています。主権回復の日然り、反動的な憲法改正然り、歴史認識然りです。国民感情の統制をしながら、行っている政策は「自助」であり、国は面倒みないよーと言っている。これには、どのような意図があるのか。


一つの仮説として、「安倍政権は日本という国民国家をギリギリのラインで残そうとしている」、と考えれば、かなり辻褄が合います。


少し話しはズレますが、自分は、保守的な人間です。日本が好きです。変わらないでほしい。伝統と文化を大切に、日本人の人柄を大切に、この国を未来を紡いでいきたいと思っています。だからこそ、グローバリゼーションが嫌いです。新自由主義が嫌いです。

しかし、心では、このような感懐を抱いているものの、頭のどこかでは、これと逆のことを考えている自分もいます。
日本は、今すぐにグローバル化の道に転換しなければならない。規制緩和、改革を断行せねばならない、と。

なぜなら、グローバル化とはfactである、とどこかで思っているからです。好き嫌いではない、事実なのだと。
この言葉は、竹中平蔵教授がよく仰っているものです。竹中教授といえば、何かと批判もある方です。その内容は、「新自由主義者」だとか「アメリカのあれだ!」とか、「ばいこくだ!」とかだと思います。しかし、決してそうではない。竹中教授は、「グローバル化はfactである」という前提の下、そのような世界の中で、日本という国が上位に立てるように、と考えている方です。

グローバル化とは、フラット化です。フラット化とは、競争の舞台が世界になり、競争の相手が世界中の人間になるということです。インターネットの発達により、世界にあった壁はなくなりました。発展途上国の賃金は上がり、先進国の賃金は下がる。平等になっていく社会。それは、先進国の生活水準が下がるということを意味しています。

このように、世界はフラット化していく。しかしその一方、スパイキーな世界にもなっていくと、T・フリードマンは述べています。世界全体はフラット化するものの、一部の都市では、とてもスパイキーなものになる。なぜなら、世界中から人が集まって来るからだ、と。ニューヨーク、ロンドン、東京、パリ、ロサンゼルス、香港、etc‥。

だから、日本はもっと都市に力を入れなければならない。人が集まる都市を。そうすることによって、国を発展させるしか、スパイキーな都市を作るしか、国の発展は見込めないのではないか。

もしこれが竹中教授の言う様に紛れもない事実だったとしたなら、日本は、一刻も早く、この世界に適応できるように行動しなければ、国全体が沈没してしまします。しかし、この世界に適応できるような国とは、最早国民国家ではないのかもしれません。近代国家は瓦解するのかもしれません。

世界の状況を見てみてもこのようなもの。さらに加えて、日本国内の現状を見てみても、もう、国が全ての国民を支えられるようなシステムにありません。社会保障は年に一兆円増えて行きます。政府の借金は(国の借金ではないですよ)1000兆円を超えています。10%に増税したとしても、財源を補うだけの力は無い。それなのに、生活保護費は増える。しかし国は、もうお金を使えない。全ての国民を支えることができない。さらに、世界はフラット化している。これまでのような成長は見込めない。

だから、自助を求める。もう無理だから、切り捨てる。しかし、そうなった時、国民国家は崩壊し、近代国家の統治システムは崩れます。国民から税金を徴収し、国民にサーヴィスを提供する。これができなくなる。では国境を失くす?国境を低くしたEUを見て下さいよ。国は無ければならない。しかし、国家は国民の面倒を見ることができない。ではどうするか。


ここで、現在の安倍政権の行動なのだと思います。感情だけでも、日本国民を統合する。国民国家を保つために、ギリギリ、国民国家を保つために、日本国民の心を、改めて日本という国に集める。


フラット化する世界に適応するために、フラット化しても日本国民が頑張れるように、フラット化しても日本が存続できるように、日本を改造する。しかしそれは国家の求心力を低下させ、国の死へと向かうものでもある。だから、イメージだけでも、感情だけでも、日本国民を統合する。国を保つために、心だけでも、日本を統合し、国民国家をギリギリのラインで成立させる。日本を渦巻く、国が成立していかなくなるような国内情勢、国外情勢の中で、リアリズムと理想のビジョンの下、安倍政権は動いているのではないでしょうか。




①「安倍政権の意図」に関しては、このような仮説の結論でしたね。

安倍政権の行動のポイントは、「いかにお金を使わないか」ということにあると見ていいでしょう。だからこそ、片山教授は、徴兵制も否定しています。そんなお金どこにも無い、と。戦争するお金もどこにも無い。お金が無いんです。だから、政府の支出を減らそうとしている。というより、借金を減らさなければならない訳ですから。お金を沢山使わなければならない施策を、安倍政権は行わないだろう、ということです。


いやー。うん。いやー‥。
辛い世界になりそうですよね。10年後、どうなっていることやら。
しかし、安倍政権に関するこのような見方は、あまりなされていないような気がするので、面白かったです。良い議論をさせて頂いたと思います。あ、因に、自分がこのトピックを担当しました。

「グローバル化はfact」
鍵はこれですよね。今の現状を見てみると、正しいように思えます。しかし、グローバル化が原因で、金融危機が世界に波及したのは事実。グローバル市場における穀物価格の不安定さが、アラブの春の原因になったのは事実。そして、第一次グローバル化の行き着く果ては、世界大戦であったという事実。

グローバル化はfactなのかもしれない。しかし、それは地震のような自然現象ではない。抑えることはできる。実際に、第二次世界大戦後の世界は抑えていた。しかし、その世界でも綻びが出たため、またグローバルな世界へ‥。とりあえず、自分がどうにかできる訳ではないので、最悪の世界を想定し、自らの能力を上げていくだけですね。


他のトピックは、また別日に触れたいと思います。

ではでは。






つづーく















by hayashihiromu | 2013-11-26 01:33 | 普通

『死に至る病』-セーレン・キルケゴール- ①死に至る病とは絶望である/「自己」について


最近、哲学の講義の課題で哲学書を渉猟しているため、せっかくなのでまとめたいなと。この前読んだ本が、セーレン・キルケゴールの『死に至る病』です。「死に至る病」という言葉は聞いたことのある人が多いのではないでしょうか。アニメ、漫画、小説の題名にたまに使われていますよね。エヴァンゲリオン!

あ、あと、訳は桝田啓三郎氏がいいです。ちくま学芸文庫の。訳注が素晴らしい。この訳注が無かった絶対に読めなかったです。



さてさて、この1849年に出版された『死に至る病』は、「死に至る病」を「絶望」であるとし、その「絶望」に関して緻密に書かれたものであります。第一編では、絶望とは死に至る病である、絶望とはどのようなものか、絶望している人の状態はどのようなものか、ということが書かれており、第二編では、絶望とは罪である、ということが書かれています。

ではでは、入っていきます。
そもそも、絶望とは何なのでしょうか。
端的に言えば、自らの否定したい非本来的な自己から抜け出せず、自分自身を無力に自己食尽するもの、だと思います。たぶん。

では、非本来的な自己とは何なのでしょうか。まずは、本書で書かれている「自己」というものについて考えて行きたいと思います。

キルケゴールは、冒頭で「人間とは精神である」と述べています。では、精神とは何なのか。すると、「精神とは自己である」と言います。では、自己とは何なのか。自己とは、「ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係」あるいは、「その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのこと」であると書かれています。「自己とは関係そのものではなくして、関係がそれ自身に関係するということ」なのだそうです。

1ページ目からこれであり、また、ここが非常に重要なため、もうわっけわからん感じなってしまうと思うのですが、一つ一つ考えていきましょう。

まずは、「精神」についてです。本書の訳注で桝田啓三郎氏は、こう述べています。人間は心霊的なものと身体的なものとの綜合であり、それを統一する第三者が「精神」である、と。心や肉体とは違い、精神とは、神の規定した人間の本質であり、人間の魂の奥底で神と交わる場所であり、永遠者の意識なのです。人間のもっているものより、いっそう高い意識生命のことが、「精神」であります。



少しだけ先行した話しをしますが、絶望とはこの「精神」が煩う病なのです。つまり、絶望とは外面的なものではなく、内面的なものであるということであります。たしかに、絶望に起因するものとは、例えば、クビになった、破産した、夢が破れた、傷つけたくない人を傷つけた、失恋した、大切なものを失った、などの、外的なものであります。しかし、その外的なものに絶望する、「何事か」について絶望するのは刹那的なものであり、結局は、このような状態にある今の自己自身に対する否定へとなります。だからこそ、永遠に続く苦しみなのです。

絶望とは外的なものではない。だからこそ、キルケゴールは死に至る病は絶望である、と述べていますが、この場合の死とは、「死を死ぬ」、「永遠に死ぬ」、「死にながらしかも死なない」ということであり、決して肉体的に死ぬことではないのです。生への希望もなく、しかし、死という最後の希望さえも剥奪され、死よりも苦しい苦悩を持ちながら、死にながら生き続ける。この状態が絶望なのです。



話しを戻します。精神についてある程度考えたところで、「自己」についていきたいと思います。
本書において、自己とは「その関係がそれ自身に関係するということ」とあります。これでは何が何だかです。
そもそも、人間とは綜合(「総合」の哲学的な言い方だと思います)であります。心霊的なものと身体的なもの、無限と有限、これらの綜合であります。この時、例えば無限と有限、という、2つの関係項の関係がありますよね。そして、この関係は、固定的なものではないはずです。つまり、均衡と不均衡があるということです。無限に比重が偏ったり、有限に比重が偏ったりして、不均衡の状態になる。しかし、不均衡の状態があるということは均衡状態もあるということであり、すなわち、2つの関係があるということであります。関係とは、固定的ではなく動的なものなのです。

この均衡状態の関係を、ハイデガー的に「本来的な関係」、不均衡の状態を「非本来的な関係」と呼ぶことにします。

繰り返しますが、本書では、自己とは「その関係がそれ自身に関係するということ」であるとしています。つまり、「その関係」とは、「本来的な関係」若しくは「非本来的な関係」のことです。となると、
「本来的な関係」若しくは「非本来的な関係」が、「それ自身」=「本来的な関係」若しくは「非本来的な関係」に「関係する」ということです。

この最後の「関係する」とは、態度を取る、ということであり、簡単に言えば意識をする、ということです。となると、「その関係がそれ自身に関係するということ」とは、「本来的な関係」が「本来的な関係」を意識すること、若しくは、「非本来的な関係」が「非本来的な関係」を意識すること、であります。これが、「自己」なのです。

「その関係がそれ自身に関係に関係する」、すなわち、或る関係項の関係がその関係自身の状態を意識すること、これこそが自己であるのです。そして、この綜合を措定する第三者が精神であるのです。

ここで、ちょっと複雑になりますが、この第三者の精神は、神との関係にあります。どういうことかというと、或る関係がそれ自身の関係に関係する時にも、その関係を措定する第三者が必要であり、それが神なのです。キルケゴールの意見ですが。

以上が、「自己」の説明であります。一気に書いから指が‥。不備ないかな‥。ちょっともう疲れたので、一旦切ります。キルケゴールの「自己」がどんなものか、大体分かって頂けたら幸いです‥。あってる保障ないけど‥。














つづく
by hayashihiromu | 2013-11-03 19:08 | 普通

日露戦争の以前以後で何が変わったか-司馬遼太郎史観に対して-

最近は片山杜秀という学者の方にはまってしまっていて、この方の本を色々渉猟している訳なのですが、本当に、なるほどな〜というのが多くて楽しいです。前回紹介した『未完のファシズム』においても書かれており、『国の死に方』という本でも書かれていることで、1つ。


戦前の日本を語る上で、このような見方があります。
明治のリーダー達、日露戦争までの日本のリーダー達には、思想があった。合理的であった。理性があった。しかし、日露戦争以後、特に昭和に入ってからは暗黒の時代になった。思想がなくなり、非合法的になり、理性がなくなった。すなわち、日露戦争までの日本は素晴らしく、以後の日本は悪い。

というものです。所謂、司馬史観ですね。坂の上の雲!


思想とかそんなもんよくわかんな〜い、となる方もいると思いますが、やはり政治家、軍人には哲学、思想は大事です。それがないと、未知の問題にぶつかった際、その方向性を決めていくときに行き当たりばったりとなってしまいます。

では、日露戦争以前以後で見てみましょう。
満州事変以降の日本の行動は、やはり行き当たりばったり的に見えます。勝手に満鉄爆破→なんやかんやで盧溝橋で始まった小競り合いがなし崩し的に支那事変→泥沼日中戦争→なんか米国が絡んできたから喧嘩→資源が足りなくなってさらに領土拡大を狙う→収拾がつかなくなる。
行き当たりばったり感満載ですね。

対して、日清・日露の頃は、しっかりと戦争の止め時を考えていて行われた、計画的なものであったということです。殲滅戦じゃないですからね。いかに自らが有利な立場で講和を結べるか、そこに頭を悩ませていました。

したがって、日露戦争までは思想があり、行き当たりばったり感満載の日露戦争以降は思想、合理性、理性がなかった、となるわけです。こう見ると、論理は通っているように思えます。

しかし、ここで疑問が生じるのは、なぜ、日露以降でこうなってしまったのか、ということです。
司馬史観的にみると、日露で勝利し、そこで日本は驕ってしまった、ということです。調子に乗ったってことですかね。「民族的には痴呆化した」とも書かれているそうです。

もちろん、このこともあると思います。しかし、果たしてそれだけでしょうか。
そこで、当時の明治憲法下における日本の政治システムを見てみましょう。

まず、なんとなくのイメージとして、戦前の日本はとても一元的であり、軍の独裁であった、というのがあると思います。これは本当でしょうか。
たしかに、軍の影響力は強かったです。しかし、実際には、当時の日本の政治システムは徹底的に分権されていました。現在よりもです。例えば、立法を司る議会は衆議院と貴族院があり、行政には内閣と枢密院がありました。軍は天皇直属のため、議会や行政からは独立しており、その中で陸軍と海軍は別のものでした。
そして、何より重要なのは、これら独立した機関を一元的に束ねる場がなかった、ということです。これら機関の上にあるのは、天皇のみ。そのため、各機関毎の縦の繋がりは強いものの、横の繋がりがなかったのです。

なぜこのようなシステムであったのか。それは、天皇を守るためでした。今までの日本の歴史を見ると、天皇には実質的に権力がなかった。第二の幕府を生みたくなかったのです。王政復古の名の下に、国家を1つにまとめるわけで、そこに権力者を生みたくなかった。
もう天皇を形骸化させてはいけない。そのため、権力を徹底的に分立することで、力を持った権力者を生まない構造にしたのです。

しかし、このようなシステムでは、物事を決める際に時間が掛かりすぎます。その上、各組織がバラバラであると、何か国難が襲ってきた際、国が一元的に対処できなくなります。特に、国内問題、外交問題、軍事、資源、経済等の全ての分野が絡んで来る戦争は戦えません。

ならばどうしたか。そこで日本は、元老を設置したのです。
元老とは、伊藤博文、山県有朋、松方正義などの明治の功労者に与えられたものです。元老には、何の法的根拠もありません。超法規的に存在していました。というより、元老が誕生したのは、美濃部達吉によれば1889年秋。明治憲法が発布されたのは1889年春で、施行されたのは翌年。つまり、明治憲法という法規と、元老という超法規は、表裏一体のセットとして誕生していたのです。明治憲法下のシステムを補うものとして、元老があったのです。

しかし、元老達にも寿命があります。1924年の時点で全員が亡くなってしまいました。表裏一体のシステムのうちの片方が、大正の時点で瓦解していたのです。そもそも、年齢的にも上手く機能していたのは明治まででしょう。

システムが壊れた後も、日本は粘りました。天皇機関説と二大政党制です。しかし、不況によりあえなくそれも終焉。日本はバラバラになりました。

すなわち、日露戦争以降の日本は、各組織をまとめるものが無かったのです。一元的に、明確な1つの目標を目指して動けなくなってしまったのです。

まとめると、日露戦争までの日本には、政治システム的に、日本の組織をまとめる場所があった。そのため、国家が1つの目標に向けて、一丸となって進めていた。坂の上の雲は1つであったわけです。しかし、日露戦争以後、もう元老はいなくなり、政治システム的に、日本の組織をまとめる場所がなくなってしまっていた。そのため、国家の目標はバラバラになり、その手段もバラバラになってしまった。坂の上の雲は分裂し、いつしか霧散していたのです。

このような、客観的なシステムを分析することにより、当時の印象が変わるのではないでしょうか。一概に、個人を責められません。システム上の悲劇であり、当時より未来に生きる私達は、ここに学ばねばなりません。

現在から戦前を振り返ってみたとき、しばしば当時の政治家、軍人個人の能力の無さを責め、悪であるとしてしまうことがあると思います。たしかに、そういう面もあるでしょう。しかし、そのような理由で責めても、それは思考停止となんら変わりません。当時の人を無能呼ばわりするということは、そこで完結し、歴史に学べないからです。

今、麻生副総理のナチスに言及した発言が、世間を賑わせています。あれは、完全に誤報であるというか、意図されたねつ造ですよ。原文を読んだらね、なんだか悲しくなりました。自民党を失脚させようとするのは勝手ですが、というかそれでもねつ造はダメですが、あの発言をあのような形で報道するということは、対外的に見て、日本の国益を損ねます。
麻生氏は発言を撤回されました。ジャーナリストの青山繁晴氏も言っていましたが、ナチに触れてはいけないということは、歴史に学ばないということです。ナチを単純に「悪」と決めつけて、何になるんですか。もちろん、あれは悪だと思いますよ。でも、それで完結してしまっては意味ないじゃないですか。ちゃんと議論できるようにならないと。

当時の人の能力が無いわけはないですよ。また、何の理由もなくおかしなことをする人間なんてそういません。例えば日本の場合、このシステムを見てみたとき、はたして一概に個人の能力に責任を押し付けることができるのでしょうか。かといって肯定するものではないです。学びましょう、ということです。


もうすぐ終戦日ですね。




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おわり
by hayashihiromu | 2013-08-05 12:00 | 普通

未完のファシズム~「持たざる国」日本の運命~ 

今まで私達は、小中高、と、歴史を教わってきたと思います。
そしてその際、必ず一回はこのような疑問が頭をよぎったことでしょう。


この歴史の登場人物(達)は、なぜ、このような行動をしたのだろうか。


例えば、なんで明智さんは織田さんに謀反を起こしたのかー、くらいなら誰でも思ったことがあるでしょうね。他にも色々あるでしょう。

ただ、その代表格というものは、「先の大戦」における日本軍の行動なのではないでしょうか。
なぜ、あの勝ち目の無い戦争へ突き進んだのか。なぜ、多くの日本兵は、「天皇陛下万歳」を叫び、敵に突撃し、玉砕していったのか。今の感覚からは想像できない。
だからこそ、日本軍の暴走?ファシズム?欲深かったから?と、しばしば感覚で、「軍」「政治」が無能であり、絶対悪であると決めつけてしまいます。そして、未だに、少なくない数の日本人は、このことにトラウマを持っています。軍を持ったら、またあのような歴史が繰り返されるのではないか、と。

このような問いに対して、今まで多くの学者の方々が研究し、一定の答えを出してきました。しかし、この『未完のファシズム』では、今までにあまりなかった、日本軍軍人の戦争哲学の観点から、上記の問いに対し、見事に答えを示したものであります。ちなみに、この本は、昨年司馬遼太郎賞を受賞しました。


〈内容説明〉
昭和の軍人たちは何を考え、1945年の滅亡へと至ったのか。
天皇陛下万歳!大正から昭和の敗戦へ。時代が下れば下るほど、近代化が進展すればするほど、日本人はなぜ神がかっていったのか。皇道派vs統制派、世界最終戦論、総力戦体制、そして一億玉砕‥‥。第一次世界大戦に衝撃を受けた軍人たちの戦争哲学を読み解き、近代日本のアイロニカルな運命を一気に描き出す。




本書のポイントは2つです。
①日本軍の精神主義の前提。顕教と密教。建前と本音。
②日本のファシズムは「未完」であった


①日本軍の精神主義の前提。顕教と密教。建前と本音。

日本軍の精神主義には、前提があったのです。
何も初めから、何の前触れも無しに精神主義を唱え始めたのではありません。しっかりとそこには論理的前提があったのです。しかし、その論理的前提は、「軍」としてふさわしいものではありませんでした。そこで、当時の軍上層部は、外に向けたもので、文章に残した顕教、建前と、自分達だけが知る密教、本音を分けました。その顕教こそが精神主義であり、密教は「避戦」であったのです。しかし、軍内部の権力争いの推移で、密教を知る人たちが、中心からはじき飛ばされました。残ったのは、文章化されてある顕教、すなわち精神主義でした。


そもそも、日本軍は、しっかりと現状を認識していました。
例えば、司馬遼太郎は、日露戦争以降の日本の軍人、政治家にはビジョンが無かったと言っています。通説でも、日本軍は、日清、日露で勝利し、調子に乗って支那事変、太平洋戦争へと進んでいった、また、日本は第一次世界大戦に本格的に参加しなかったことによって、戦争の変化、武器の発達の進化に追いつけなかったため、あのような「先の大戦」とあの戦い方が生じたのだと言われています。

しかし、これに一石を投じたのが本書です。
日本軍は、第一次世界大戦における戦争の質的な変化をいち早く理解していました。
第一次世界大戦における戦争の変化とは、総力戦に変わった、ということです。物量が多く、国力のある「持てる国」が勝ち、物量の少なく、国力の無い「持たざる国」が負ける。
日本軍は、いち早くこの「戦争」の質的な変化に気付いていました。その証拠に、ドイツ軍の青島の要塞を攻めるにあたり、実際に物量戦を展開しています。また、第一次世界大戦に関する日本軍が分析した資料(『観察』等)などにも、その変化の理解は現れています。

では、ここで日本軍は、どう考えたか。

1、「持たざる国」は、身の丈の合った戦争しかしてはいけない。(皇統派)
2、「持たざる国」を長い年月を掛けて「持てる国」にする。それまでは、大戦に参加してはいけない。(統制派)


ここで、意見の対立があったわけです。
しかし、当時の軍上層部で権力を握っていたのは皇統派でした。
しばらく、皇統派主導で「日本軍」が作られていきます。

皇統派の思考は、以下の通りです。

戦争の変化により、日本はもう米国、英国、ソ連等の「持てる国」とは戦争しても勝てない。そればかりか、戦争を強行することにより、国内が不安定化し、ロシアのように革命が起こるかもしれない。そのため、もう「持たざる国」日本は、避戦に徹するべきである。しかし、避けられない戦争もある。それは、ソ連が国境を進攻してきた時。その際には、戦わなければならない。なら、どうするか。

そこで、日本陸軍の理想とされたのが、第一次世界大戦におけるタンネンベルクでの戦いです。これは、13万のドイツ軍が、50万のロシア軍に対して、策略と包囲殲滅により勝利した戦いです。

日本陸軍は、ソ連侵攻に際して勝利するためには、状況的にも、地理的にも、タンネンベルクの再現しか方法は無いと考えました。策略、包囲殲滅、短期決戦、そして、数の少なさは精神力で底上げ。そのため、軍は徹底的にタンネンベルクを兵士に教えました。

ここで、ずれが生じていたのです。皇統派が支配していた上層部においては、そもそも戦争はソ連侵攻しか予定していなかった。そのため、戦争=ソ連侵攻=タンネンベルク戦術だったのです。しかし、対外的に、もう日本は強い国とは戦争をしない、とは言えない訳です。そのため、兵士や、軍全体に対しては、戦争=ソ連侵攻=タンネンベルク戦術だとは伝えていなかった。そのため、軍全体としては、戦争=タンネンベルク戦術になってしまっていたのです。つまり、戦争は、精神力で補い、どんなに劣勢でも、最後まで迂回し、包囲殲滅を目指すのだ、と教え込んでいたのです。

上層部にしてみれば、ソ連が進攻してきた際以外には、避戦を徹底するため、戦争=タンネンベルク戦術でいいと考えていたのです。ソ連進攻以外の戦争は予定していない。そして、精神主義的な「統帥網領」と「戦闘網要」を書き記しました。


しかし、2.26事件で皇統派は失脚します。結果、建前、顕教である「統帥網領」と「戦闘網要」、そしてそこに書かれてある精神論だけが軍に残り、本音、密教である避戦が、軍の中から消えてしまったのです。そして、次に統制派が権力を握ったのです。



では、統制派は、何を考えていたのか。

日本が「持たざる国」であるという認識は、皇統派と一緒です。
違うのは、後々、日本は列強と大きな戦争をする、という予測です。
後々、米国や英国とも戦争をしなくてはいけない時がくる。それまでに、長い年月をかけて国力を増強するべきだ、というものです。
石原莞爾なんかがそうですね。このような思想の下引き起こされたのが、満州事変です。



そして、もう1つ重要になってくるのが、中柴末純と、彼が製作に関わった、戦陣訓です。
彼は、確かに「持たざる国」は戦争しても勝てない、と考えていました。しかし、戦争というものは自分達から始めるものだけではなく、他国から攻められる場合もある。その時に、「持たざる国」が「持てる国」に対してどう戦うか、ということを、最重要課題として考えていたのです。そして、実際に満州事変から始まり、太平洋戦争へと繋がっていったわけですよね。絶対に避けたかった、「持てる国」との戦いが始まってしまいました。

そこで、玉砕の思想が出て来るわけです。

つまり、戦力的には勝つことができない。ならば、日本兵が自ら死ににいくような戦いをすることで、敵に「畏怖」を与えようというものです。戦争は、戦意が無くなれば継続できません。そこを狙うしか、日本はもう無理だ、となったわけです。

実際に、アッツ島玉砕の際に、米軍は衝撃を受けました。米軍の従軍記者が、こんなやつらと本当に戦えるのか?という記事も書きました。それが拍車をかけ、後の戦場でも玉砕が起き、特攻隊が生まれたのです。


悲劇です。軍は、決して無能ではなかった。分析はしていた。理解もしていた。しかし、日本は「持たざる国」。当時の国際情勢の中、どうすることもできなかった。そこで軍内部でも意見が割れた。

結果としては、日本が生き残るために、「持たざる国」を「持てる国」にしようとしたものの、間に合わず、そして、かなしいかな、それが契機となり、太平洋戦争の滅亡へと突入していきました。


日本は、どこで間違えたのでしょうか。いや、果たして、本当に間違えていたのでしょうか。当時の国際情勢の中、そして「持たざる国」日本の、限られた選択。必然だったのかもしれません。明治維新以降、背伸びして背伸びして生き残ってはきたものの、限界は訪れたわけです。



ここに書いたのはほんの一部です。もっと詳しく、色々なエピソードを交えて書かれているのでね、とても面白いので、はい。



と、ここまで書いて②日本のファシズムは未完であった、というのを忘れていました。

簡単に説明すると、東条英機は独裁者だ、ファシストだ、軍が政治を握っていた、という通説、一般認識があります。しかし、実際は、東条英機にそのような権力はなかった、というものです。

そもそも、当時の明治憲法下では、天皇陛下以外に「独裁」ができるようなシステムではありませんでした。というのも、天皇陛下に対して下克上が行われない様に、明治憲法により、徹底的に権力を分散したのです。権力者が生まれない様に、あらゆる権限を分けていました。バラバラだったんですよね。

しかし、戦争などの総力戦において、国は一体にならなければなりません。それをなんとかしようと思い、一元的なシステムを作ろうと腐心したのが東条英機でありました。しかし、実際にはそれでも権限はあまりなかった。そもそもあったとしたら、あのような戦争には突き進まなかったはずです。

そのため、結果として、日本のファシズムは「未完」であった、というのが本書によるものです。


ざっと軽く稚拙な概要を書きましたが、本当におもしろかったのでね、興味を持って頂ければ幸いです。









おわり
by hayashihiromu | 2013-07-31 12:41 | 普通

『SOCIETY OF MIND』-心の働きとは- 


課題でSOCIETY OF MINDという、認知科学系の英語の本の要約をやったんですが、これがまあ想像以上に大変‥。
そもそもあまり外国語は得意ではないので、うん‥。
英語はなぁ。1月に英検準1級取ろうと思って勉強していたら、申し込みするのを忘れて受験できず、そこからやる気なくなってふうぇ〜〜いって感じになっていたので、そのつけが一気にきまして、ああ、レベル下がったなー、と落ち込みました。語学はしっかり定期的にやらないとだめっすね。

ただ、このSOCIETY OF MINDという本、大変でしたが、面白いんですよ。
これは、心とは何だろう?心の働きってどういうものだろう?ということを考える本です。そして、心を考えることは、自己を考えることでもあります。自己とはなんだろう。
ああ、この心とは何か、自己とは何かとは、デカルトの「我思う、故に我あり」みたいなものではないです。デカルトは、何でもかんでも疑ってものを見たらなんかいいじゃね?かっこよくね?みたいな感じで自己の存在も疑った結果、この有名な言葉が出た訳です。本書で扱っているのは、心や自己を疑っているわけではなく、もっと心理学的といいますか、自己の役割やプロセスについて、心や自己はどういうものなのかについて書いているわけです。


この本では、『SOCIETY OF MIND』という題名の通り、心を社会だと捉えて、考えていきます。
心というものは、決して一つではなく、たくさんの小さな小さな単純なプロセスが集まって構成されているというのです。
そのプロセスの一つ一つを、ここでは「エージェント」と呼びます。「エージェント」とは、それ自体には知能はありません。一つ一つが、それぞれ単純で、一つしかない働きを持っているものです。

例えば、今自分はパソコンのキーボードを使って、文字を打っています。しかし、この文字を打つ、という一つの働きは、膨大な数の単純な役割を持つエージェントが相互に作用することで成されるものなのです。例えば、「見る」エージェント。「右人差し指を動かす」エージェント。「キーボードのボタンを押す」エージェント。等等等。このような単純な「エージェント」が膨大な数集まることで、今自分はこの文章を打っているんだよ、ということです。

本書では、積み木で遊ぶ子どもを例にして考えています。
子どもが積み木で遊ぶ際、「Builder」と呼ばれるエージェントが働いている。しかし、積み木を積む作業は、一つの「Builder」、つまり、「作る」という単純なエージェントだけでは成し得ません。積み木を「見つける」、「見る」、「手に入れる」、「掴む」、「置く」、「動かす」、「放す」、等の様々なエージェントが協力することにより、初めて成されるのです。ここではあまり説明しませんが、ここに様々な経験や、ルールなどが組合わさっていくことにより、よりしっかり動いていきます。

積み木を積む行為でさえこれです。だから例えば、コーヒーを飲みながら食パンを食べ、新聞を読みながら人と会話する、のような行動になったら、これはもう本当に凄いことになります。エージェントが皆さんの心の中で走り回っていますよ。あれです、想像しやすいように、エージェントをピクミンみたいな感じに思ってみましょう。やばい超かわいい。私達が上記のような行動をしている時、私達の心の中ではピクミンが走り回っているのです。ほう、へい、あわわ、ひゅーっ。ピクミン3のCMかわいいよね。

ここで、疑問に思いませんか?このような複雑なプロセスが相互に働きあって我々の動作が成り立っているわけですよね。でも私達はそのことを意識していない。ここで、「常識」という言葉が出て来るのです。

私達は成長していく過程で、技能の層を積み上げていきます。そして、いつしか下位層の技能は「わからなく」なり、常識は単純であるとみなしてしまうのです。しかし、本来の常識とは、今見て来た様に、様々なエージェントが協力し、様々なルール等の経験が重なった、まさに巨大な社会なのです。
 
 さらに、以上の説明の中で、不十分な点があります。それは、「Builder」というエージェントが、「どのように積み木を積むのかを知っている」のはなぜだろう、ということです。そもそも、エージェント自体には知能がないのにも関わらず、なぜBuilderは積めたのか。この疑問に答えるためには、エージェントたちがグループとしてどのように仕事を成し遂げるかについて、理解する必要があります。
 そこで本書では、エージェントの見方を、自分が何をしているのか知っている「エージェンシー」と、自分が何をしているか知らない「エージェント」の二つに分けていって議論が進められていきます。


こっからまた面白い議論が続いていくんですよ。今書いたのは前提の前提みたいなお話ですから。こっから、「エージェントが対立した時」「魂」「自己とは」「個人とは」「個性とは」等等を、「心の社会」というもので説明していきます。


また、実生活にも活きてきます。
例えば、怒った時、悲しい時、それらの感情が抑えきれなくなった時。すぐその場では無理かもしれませんが、それらの感情のエージェントを分析してみると、ものすごく冷静になれるばかりか、人のことがよくわかります。一体、この悲しいという感情は、どのような単純なエージェントが、どのような経験とルールの下で社会を形成した結果なのだろうか‥。こう考えるとね。意外と楽しいです。ただ、もっと悲しくなる可能性もあるので注意。
また、試験勉強する時に限って妙に他のことに集中してしまう、みたいなことも、本書の議論を応用して考えていけば、理解できます。理解できるということは、解決策を編み出せるということです。


それら諸々も書いていきたいのですが、いかんせん分量と時間が‥。
自分も試験勉強がやばいのでね。ただ、こうやって、気ままに文章書くのが息抜きなので、30分間だけ息抜きしちゃいましょうって感じでいつも書いているわけでございます。もう時間オーバー。
自分もSOCIETY OF MINDを全部読んだわけではないのです。課題が、全30章ある内の5章まででしたから。しかし、その5章がもう‥。初めの5章までは、前提を説明していく箇所です。後半になるにつれて具体的になりますからね。しかも外国の本って、紙のサイズがえぐいでしょ。なんであんなにでかいのよ。やめてよ。

だからなんか中途半端になっちゃった。機会があったらちょろっと書いてみたいなー。



まあ今回のとりあえずの結論を言えば、自分達の心はピクミンで出来てるんだよ、だからピクミンは大切なんだよ、だからピクミン3買おうね、そして誰か一緒にやろ、ということです。












おわり
by hayashihiromu | 2013-07-10 23:42 | 普通

「無知の知」の誤り

昨日の記事で、最後に触れた「無知の知」の誤り。
今回は、これをもっとちゃんと書いておこうかなと。
教授のキャンペーンにわずかながらも貢献できたらな、と


まず第一に、文献的な誤り。
これは昨日触れた通りです。プラトンの著作の中で、ソクラテスは、一度も「無知の知」や、「知らないことを知っている」と言ったことは無いそうです。
「無知の知」の出典であるとされる「ソクラテスの弁明」において、確かに似たことを言っている箇所は2つほどあります。しかし、それはあくまで似ているだけだそうです。


次に、哲学的な誤り。
これは、「知る」と「思う」の違いです。
上記で、「ソクラテスの弁明」におけいて「無知の知」の意味合いと似た箇所があると書きました。その「似た」というのが、まさにこの「知る」と「思う」なのです。ギリシャ語を訳してますからね。これが混同されるらしいのです。しかし、特に、プラトン哲学的にみて、絶対に区別しなければならないのがこの二つだそうで、だからこそ教授はげきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態なのです。

では、「知る」とは何か。端的に言うと、論拠がある、ということです。
なら、「思う」とは何か。これも端的に言うと、「知る」とは逆で、論拠が無い。ということです。
例えば、3辺が3:4:5の比をなす三角形が直角三角形であることは、みんな分かると思います。しかし、その事実をちゃんと「三平方の定理」で証明できなければ、それは「知っている」のではなく、「分かると思っている」だけなのです。証明できないのに「知っている」というのは、まさにソクラテスの批判する「思い込み」であります。

つまり、「無知の知」、「知らないことを知っている」とは、「無知」というものに対してソクラテスが高次にいることになり、「無知」というそのものを体系的に、論拠を持って説明、証明できるということになるのです。

それに対して、「知らないと思っている」とは、ソクラテス自身も他の人間と同じように、「無知」の中にいることになります。自分は「無知」の中にいると思っているのです。
ソクラテスは、自分のことを、「無知」を高次レベルから見て、「無知」というそれ自体を説明できるような特別な知者だとは思っていません。しかし、自分は「無知」のと同次元の中にいると思っている、という点において、他の人と「違う」ということとを述べたのです。
したがって、「無知の知」という言葉は、哲学的に間違っているのです。


最後に、歴史的な誤りです。
そもそも、海外では「無知の知」という言葉は使われていません。
ただ、ローマ時代には近い表現で、「無知の知」的なことは言われていたらしいです。ここら辺はちょっとぼーっとしてて講義聞いてなかったんだ(`・ω・´)
では、初めて「無知の知」という言葉が日本で使われたのはいつか。これは教授が図書館に何日も籠って頑張って探したらしいです。そして見つけた一番古い例が、1929年6月に東北大学の高橋里美さんが書いた論文だそうです。比較的新しいですよね。プラトンって紀元前ですから。
その後、なんかドイツで誰かが近い言葉を見つけて、あ、それソクラテスっしょ?みたいな感じで輸入してみたいなことも言ってた気が。ここら辺もちょっとぼーっとしてて講義聞いてなかったんだ(`・ω・´)
まあ、そこまで重要じゃなさそうなので。

で、いつの間にやら教科書に書かれ、入試にも出るようになり‥。という経緯だそうです。


まあ、だから「無知の知」という言葉をソクラテスと関連づけて出すのはやめた方がいいんでない?ということです。でも、自分個人としては、もう「無知の知」という日本語はあるので、これは普通に使ってもしょうがないと思うんですよね。よくあるじゃないですか。故意犯の意味で確信犯って単語を使っちゃうみたいな。ん?ちょっとちがうか?


まあ、詳しく知りたい人は、納富信留教授訳の「ソクラテスの弁明」を手に取ってみたらどうでしょうか。解説に色々書かれています。「ソクラテスの弁明」自体、小さな文庫で100ページくらいです。暇な少しの時間を濃い時間にすることができるのではないでしょうか。

自分は法学部生ですが、哲学はとてもためになりますねー。具体的内容というよりかは、やる気に影響しますね。色々自由な発想ができるようになるんじゃないでしょうか。
















おわり
by hayashihiromu | 2013-05-29 23:01 | 普通

プラトン

大学の課題でプラトンに関するレポートを書きました。
といっても、自分は法学部生なので、ただの教養科目としての、そのまたさらに入門レベルのやつです。
元々、自分は哲学に対する興味はあまり持っていませんでした。
ただ、高校の時に経済思想や政治学の本を読んだり、話しを聞いたりしていく内に、哲学とはやはり我々社会の、もっと絞れば西洋社会の重要な根幹部分を担っていることを感じていました。そのため、今までは、近代哲学の入門書的なのをパラパラと読んでみたりはしていたかな。それもデカルトやカント、ハイデガー等の有名なやつです。なのでニーチェとかの現代哲学は何も知らないですし、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの古代哲学なんて、名前は聞いたことあるけど、うん、それだけ。中世哲学なんて、存在も知らなかったです。
そんな自分だけれども、せっかく大学に入ったので、哲学の原点である古代哲学を取ってみたわけです。
そしてそれは正解でした。楽しみな授業の一つです。まあ、基本的に全部楽しいんですけどね。

最初は「哲学」とは何か、ということを中心に講義が行われましたね。

「哲学」

哲学って言われても、なんかようわからんですよね。イメージし辛い。さらに、なんか理屈っぽいというか、無意味なことしてる、みたいなマイナスイメージも付き纏います。

では、哲学の語源とは何なんでしょうか。

それは、「phiro-sophia」です。まぁ、これは知ってますよね。これは、古代ギリシャ語で「知を愛求する」という意味だそうです。知を愛し求める。
「phiro-sophia」という言葉を最初に作ったのは、あのピタゴラスさんだそうです。当時この人は宗教団体の教祖様的な存在だったらしいですね。もう気持ち悪いくらいなんでも知っていたそうです。あ、ピタゴラスの定理っていうのは、別にピタゴラスが最初に発案したんじゃないらしいですね。なんでも知っていたから、そのようなイメージがついて、そう呼ばれるようになっただけだそうです。どうせこの法則もあの何でも知ってるキモいおっさんが考えたんだろもうそれでいいよ気持ち悪いしあいつの名前勝手に付けてやろうぜははははは的な軽いノリらしいです。

そんな何でも知っているピタゴラスさん。
そのピタゴラスさんに対し、ある日、偉い人がこう言ったそうです。

「あなたはsophos(知者)ですね」

すると、ピタゴラスはこう答えました。

「いいえ、私はsophos(知者)ではありません。phiro-sophos(知を愛し求める者)なのです」

どういうことか。
ピタゴラスは、「sophos」とは神だけであると考えていました。したがって、人間は永遠に「sophos」にはなれない。言い換えると、人間は永遠に不知であると言うのです。そして、人間は自らが不知であると自覚する必要がある。その上で、知を愛求することが、人間の在り方であり、それこそが「phiro-sophos」だと言うのです。

中々すばらしいですよね。人間、自らがもう極めた、と思ったら、成長しなくなります。いつまでも、ずっと、自分はまだまだだ、という思いが、幾つになっても人間を成長させます。
そういう意味で、人間は永遠に不知です。そしてそれを自覚する必要があります。「知」だと思ったらそこで終わりですからね。でも、自らが不知だといって、そこで諦めたり、開き直ったりしたら、もうダメなのです。それもそこで終わりです。そうではなく、一生届かないと知りながら、それでも知を愛し、そして一歩でも近づくために求め、努力する。それこそが、人間の在り方だ、とピタゴラスは説いているのです。

これは教授も言っていましたが、そういう意味で、哲学とは学問ではないのです。そして、哲学者とは、哲学を研究している人のことではないのです。世の中の学問全ての根幹の精神が「phiro-sophos」なのです。全ての仕事にも言えると思います。というより、生きている人間全てにいえると思います。だから、全ての人間は哲学者でもあるのです。


なんか話しが前後するような気になりますが、日本語の「哲学」とは、どのように生まれた言葉なのでしょうか。

これは、幕末に西周という人が「phirosophia」を訳して作った言葉なのです。
一番最初は哲学ではなく、「希哲学」だったそうです。これなら、だいぶ分かりやすいんじゃないでしょうか。そのままですからね。でもなんかなんやかんやあって、1874年、「哲学」になったそうです。なんででしょうね。まあ、「希哲学」って言い難いもんね。

西周さんのエピソードも面白いんですけど、もうさすがにこの記事長い。っていうかもう誰もここまで読んでないよね、たぶん。途中で切ってるよね。

まあいいや。

そして、題名のプラトンの話しは一切せずに今日は終了ー。また明日書きます。明後日かもしれない。
こうやって予告して書いた試しが一度も無いのでね、フラグ立てちゃったね。さあどうなることやら。

まあ、でもこんな初歩的なことはもう皆知ってるのかな。自分は恥ずかしながら何も知らなかったから、少し感動したんです。


あ、予告といいますか、「無知の知」ってことばあるじゃないですか。ソクラテスの。今のピタゴラスの話しにも通じそうな言葉ですよね、「無知の知」。
でもね、この言葉使うと教授が激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームになるので、もうこんな言葉忘れて下さい。
教授曰く、こんな言葉ないそうです。ソクラテス一回もこんな言葉言ってないそうです。世界でも言われていないそうです。昭和の日本人が勝手に作ったそうです。
今、もう教科書にこんな言葉載せるなキャンペーンをやっているそうですが、何より入試に出ちゃってるので、中々難しいそうですね。

今日は以上!













おわり
by hayashihiromu | 2013-05-28 21:07 | 普通

メモ帳

ダウンタウンさん、高須光聖さん、板尾創路さんを心から尊敬しております。

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